地球のつぶやき
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Essay■ 211 ブーム:科学として残るもの
Letter ■ 猛暑・オンデマンド出版


(2019.08.01)
 どんな時代にも、どんな分野にもブームがあります。科学にもブームがあり、現在も起こっています。ブームには、以降当たり前として定着するものも、一過性に終わるものが多々あります。中には禍根を残すこともあります。


Essay■ 211 ブーム:科学として残るもの

 私は、ブームはあまり好きではありません。なぜなら、一時的なもので、継続性がないからです。社会に生きていく上で、ブームも最低限のことはフォローする必要もあるでしょうが、私はできる限り近づきたくはありません。
 ブームの最たるものとして、ファッションが挙げられるのではないでしょか。大学にいると、若者のファッションが目に入ります。そのファッションはいかがなものかと思えるもの、いくらなんでもと思えるものあります。まあ、ファッションのブームですから、目くじらを立てることはないですが。
 古いところでは、ルーズソックスや厚底靴などもありました。今は、「前だけイン」(シャツの前だけをズボンやスカートに入れる)や「チューススカート」(短いスカートなどの上にスケスケの生地のスカートを合わせてはく)などがはやっているようです。ファッションで「いかがなものか」と思えるものは、ブームが去ると再び流行ることはないようです。一方、多くの人がブームで流行って、いいな便利だなと思えるものもは、何度か繰り返して流行ります。夏になるとホットパンスやショートパンツ、ミニスカートなどは、毎年、着ている女性を見かけます。
 研究の世界、もちろん地質学の世界でも、ブームがあります。
 あるアイディアが導入されたことでブームが起こることがあります。例えば、中生代白亜紀の終わりに恐竜が絶滅したという事件がありました。その時代はK-Pg境界と呼ばれ、かつては何らかの地球内の異変によって引き起こされたと考えられていました。ある論文で、隕石の衝突によって起こったという説が提唱され、その後、ブームになりました。多くの地質学者が、自分のもっているスキルを、世界各地のK-Pg境界の岩石に注ぎ込んで、論文が量産されました。当時は、K-Pg境界の論文は話題性があったので、書けば研究雑誌に掲載され、参照されることも多く、一大ブームになりました。それらのブームとなった研究のおかげで、今では子どもでも、恐竜絶滅は隕石衝突によるということを知るようになりました。
 K-Pg境界の研究は、当時の最先端の分析技術や素材へ収集のアイディなどが投入されたので、この時代境界は、他のどの時代境界よりも、多様なものの分析や年代が精度良く出されていました。最先端ではありますが、新規の技術や装置によるものではありませんでした。絶滅が隕石によるという概念が導入され、それを証明するために、既存の最先端技術や、多くの人材やを投入して、調査や分析がなされました。その成果は、今も残されています。
 これまで未開拓地に科学の手が伸びた時、一気にブームが起こることがあります。例えば、アポロ計画では11年間で6回に渡って月面を調査し、総量381.7kgの試料が持ち帰られました。現在でもその試料は、ヒューストンにある研究所に保管されていますが、研究者にも試料が提供され、月に関する研究が一気に進みました。1960年代から1980年代にかけて大量データや文献が公表され、月に関する研究がブームになりました。一気に月が科学的データをともなった実態が明らかにされました。1991年には「Lunar Source Book: a user's guide to the moon」という分厚いデータ集(736ページ)が出版されました。一つの地域で、これだけ各種のまとまったデータが公開され、整理されたのは、当時としては稀なことでした。
 新しい技術や手段が導入された時にも、研究が一気に進みブームとなることがあります。現在の日本の地質学でブームが起こっています。それは、ジルコン粒子による年代測定です。ジルコンというのは、花崗岩質のマグマからできる結晶(鉱物)です。丈夫な鉱物で、火成岩が風化や侵食を受けても、もとの成分を保持したまま、砕屑物として堆積岩の構成物になります。このような堆積岩の中のジルコンは砕屑性ジルコンと呼ばれています。古い火成岩でも、堆積岩になってからでも、変成作用を受けることがあります。変成岩になっても、ジルコンの内部には、火成作用のときの情報が残されることがあり、その外側に変成作用で形成された部分もできます。そのようなジルコンを取り出せれば、火成作用と変成作用の両方の時代の記録を、読み取ることが可能になります。ただし、ジルコンを岩石から分離し、分析するまでの手間はかかります。大変な作業を経て、これまで変成作用を受けてマグマが固まった年代が不明になっていた火成岩の年代や、侵食されてなくなってしまった造山帯を砕屑性ジルコンから復元をする研究が、日本で最近ブームになっています。そして、この成果として生まれた、新しい造山運動のモデルは定着していきつつあります。
 一方、間違った概念(モデル)や技術によるブームも起こることもあます。最近ニュースにもなりましたが、「優生学」です。優生学とは、人類の遺伝的素質のうち、悪質の遺伝形質はなくし、優秀で健全なものだけを残そうとする考えです。戦前はナチスドイツが悪用し、日本では戦後も適用していました。現在でも、家畜や作物などの品種改良では、有用な遺伝的形質を遺伝子操作で利用する技術は実用されています。それを人間に適用するのは、倫理的には大きな問題となるはずです。しかし、人工授精などの分野では、遺伝子操作されたデザイナーベイビーとして、最先端の技術で行っているところもあるようです。
 科学のブームにも、一過性であまり成果の残らないものも、技術や方法、概念として定着するものもあります。時には、科学的に間違ったブームもあります。できれば、研究者としては、将来に成果として残るブームを生み出すようになりたいと思っているはずです。
 多くの研究者は、発案者や提唱者は無理だとしても、せめてブームには乗り遅れないようと思っていることでしょう。ブームに乗ることは、実は案外楽なことです。なぜなら、自分で独創的なアイディアを生み出す必要がないので、素材や対象を変えてアイディアやモデル、技術を適用すればいいだけだからです。多少の努力は必要でしょうが、発想力は必要ありません。
 しかし、乗っているブームは本当に将来に残るものでしょうか。もし科学として禍根を残すようなものであれば、それに加担したことになります。確実に重要だとして残るものだけでなく、残るかどうか曖昧なものもあるでしょう。そしてブームの中にも、重要な成果なるものと、多数の成果の一つに過ぎないものもあるでしょう。
 科学的裏付けが背景にあるよう見え、社会的に取り組んでいるテーマや問題に関するブーム(?)として、地震予知、原子力安全性、温暖化問題、SDGs(持続可能な開発目標)などがありますが、10年後、100年後、それらは成果を上げて、課題解決され定着しているでしょうか。それは、時代が判断を下すことになります。
 最初に述べたように、私はブームは好きではありません。かと言って、自身で新しいブームを生み出すこともできないと思っています。研究の上で重要な成果で関係するものはフォローしていきますが、自分がそのブームに参加することはもはやないでしょう。学生たちのファッションを眺めるように、科学や社会のブームも、遠目で見ていくことになります。ただただ自分の中にある、ブームではなく継続的に熱中しているものに専念していきます。
 例えば、科学や地質学、特に自分自身の研究に関わる話題を、深く掘り下げて考えていくことです。このエッセイも、その発露の一つです。また一連のテーマで書いていく論文は、自分自身でのブームなのかもしれません。これらは、一生続けていきたいものですね。


Letter■ 猛暑・オンデマンド出版 

・猛暑・
7月末から蒸し暑い日が続いています。
ぐったりしています。
学生は定期試験を受けています。
ただし、教室は今年からエアコンが設置されたので
なんとか大丈夫でしょう。
他にも図書館や学生が集まれる場所にはエアコンが入っています。
しかし、研究室は入っていません。
まあ、私の大学では多くの教員は、
研究室にいる時間は短いなので
不在の時間が長いので無駄なのかもしれません。
私は、月曜から土曜まで、早朝から夕方まで滞在しています。
通常、研究室にいます。冷房が欲しいのですが、
数人のためにつけることはできないでしょう。
だから、西日の当たる真夏の午後は早く帰ることになります。
まあ、ぐちをいっても仕方がありません。
午前中に集中して進めていきましょう。

・オンデマンド出版・
今年の出版計画は順調です。
ただし、研究費が採択されなかったので、
自前の研究費で出版することになりました。
今までの印刷屋さんではできなくなり
オンデマンドの業者さんですることになりました。
まだ、仕上がりは見ていないので、
途中の作業や本の仕上がりはわかりませんが、
今後、このスタイルでの出版になるかもしれませんね。


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