地球のつぶやき
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No. 21

Essay ■ 21 自然を守る心:北アイルランドにて
Letter ■ 街の色・平穏と不穏・アイルランドの食


■Essay

 北アイルランドの地質調査をしてきました。アイルランドは独立した国ですが、島の北東部が北アイルランドとしてイギリスに属しています。宗教上問題によるためです。
 北アイルランドへ行ったのは、世界遺産として有名なジャイアンツ・コーズウエイ(Gaint's Causeway)を訪れるためでした。そこは、アイルランドの北部の小さな田舎町、ブッシュミルズ(Bushmills)の郊外にありました。ブッシュミルズからジャイアンツ・コーズウエイまでかつては鉄道が走っていました。現在は、夏場は観光用として、小さな蒸気機関車が客車を数台引いて、数kmの道を走っていました。
 ジャイアンツ・コーズウエイは、柱状節理が有名で、世界遺産になっています。そのため多くの観光客が訪れます。
 柱状節理とは、石の規則正しい割れ目のことです。マグマが冷え固まるとき、少し縮みます。その収縮によって、節理とよばれる割れ目ができます。熱い溶岩が流れて固まるところでは、柱状節理ができることがあります。溶岩の上側と下側は早く冷えるため不規則な割れ目のとなりますが、中心部ではゆっくりと冷えるので、柱状節理ができます。
 柱状節理は、鉛筆を束ねたような角柱状の柱を並べた形になっています。また、水平方向にも割れやすくなっていて、その水平方向に6角形の断面を持っています。柱状節理のあるところでは6角柱状のサイコロような石がころがっています。ジャイアンツ・コーズウエイの節理の柱は、30から50cmの直径のもので、人には少々大きいですが、巨人の敷石としてちょうどいいのかもしれません。コーズウエイとは、石ころなどを敷いた昔の舗装道路のことです。
 ジャイアンツ・コーズウエの柱状節理は、海岸沿いで、人が訪れやすい状態で広がっています。もちろん自由に登ることもできます。昼間は多くの人が訪れます。私は、人の多い夕方と、人のまったくいない朝の二度訪れました。そして、巨人の柱状節理を満喫しました。
 イギリスは、日本と似たスケールの国土で、それほど大きくありません。しかし、国全体が牧草地化されているため、大きな森林地帯があまりありません。そんなイギリス国内を見ていると農業、牧畜の国であると思えます。そしてなにより、国民が、がつがつすることなく、儲けることより、可能な限り自給が前提で、労働の楽しみ、生きることの楽しみ方を彼らは知っているのではないかという気がします。金銭的より精神的豊かさを感じます。
 ただし、これはベルファースト(北アイルランドの首都)のような都会ではなく、北アイルランドの田舎の話ですが、ちょっと考えすぎでしょうか。
 ジャイアンツ・コーズウエ周辺の海岸線をいくつか調査したのですが、きれない砂浜は、地質が堆積岩に変わっているところにあります。火成岩のところは、岩場です。現状の海岸の状態と地質とか対応して、非常にわかりやすくなっています。
 広い砂の海岸があるところでは、大きな駐車場があって、トイレやシャワーなどの施設があり、海遊びができる環境が整っています。もちろん、施設のないところもあります。どこでも共通しているのは、海岸には、海の家も、防波堤や護岸などの人工物がなにもない、きれいな砂浜が広がっていることです。なんだかほっとします。でも、日本にも、かつてはこんな砂浜がいたるところにあったのです。今では人工物で作り変えられたコンクリートの殺伐とした海岸線となっているところが多すぎます。北アイルランドでは、多くの海岸線は自然のまま守られているのです。
 観光用として保存されている古城のビジターセンターの脇の小さな土産物屋に、変わったパンフレットがありました。それは、風力発電の施設を作ることに反対するパンフレットでした。日本だと環境に配慮したいいものという先入観で、風力発電はいいことだと思ってしまうでしょうが、こちらでそんな施設にも反対するひとがいるのです。
 反対の理由は、風力発電の施設自体が、景観や自然環境を変化させるからです。コンピュータで現在の景色に風車の乱立する景色を合成してパンフレットに示し、こうなっていいのですかと問いかけています。風力発電の是非はともかく、今のままの自然を維持しようとする努力が、地元の人たちが継続的に行っているような気がします。これは、見習うべき点ではないでしょうか。
 イギリス人は、牧畜をするためにかつては広がっていた森をすべて切ってしまいました。ですから、今では、もともとイギリスの自然は、あまり残っていません。そのせいでしょうか、「今」の現状の自然を守るために、彼らは常に努力をしています。そして、そんな「今」の自然を、心から楽しんでいます。
 イギリスでは、自然道を歩く人がたくさんいます。私も調査で海岸沿いの8kmほどの自然道を歩いているとき、何組も、長距離を歩いている人たちをみました。また、海岸線沿いを車で順番に止まりながら調査をしていると、延々と歩いているのグループを何組か見かけました。しかも彼らの多くは驚くほど軽装です。二人で歩いてるときも、小さなリュックをどちらかが持っていて、もう片方は手ぶらというような軽装なのです。それで、朝から夕方まで歩くのです。信じられないほど長距離を、身軽に歩いています。疲れたら、B&B(Bed and Breckfastという朝食つきの宿屋)がいたるところにあるので、そこで泊まればいいのでしょう。朝食を宿でしっかりと食べ、昼食は軽くすまし、夕食は町で食べればいいのです。2、3日の散策すら軽装で可能なようです。
 ナチュラル・トラストの地図をみたら、イギリスのいたるところに、そのような自然道があります。イギリス人は、自然の中を一日歩くのです。自然道は、PathとかWalkなどと呼ばれています。ナチュラル・トラストが、中心となって整備していて、わかりやすいルートになっています。自然の中を、あるいは民家の敷地の中を、牧場の中を、道路わきを、街中を縫って歩きます。わかりにくいところには、人が歩いているマークとwalkという文字が看板として立っています。車で道路を走っていると、路地や牧場など、驚くほどたくさんの看板を見かけます。
 観光名所、観光施設もなにもないところにも看板はありました。彼らは、ありのままの自然、田舎を満喫するのです。そんな休日を楽しんでいるのです。だから、そんなすばらしい「今」の自然を、イギリス人は守りたいのでしょう。
 イギリスには住んだことがないのですが、この国の田舎には、短期間でも、のんびりと滞在することは、いいことかもしれません。都会生活で汚れた心を洗い、忘れていた自然とのかかわりを教えてくれるような気がします。


■Letter

・街の色・
 昨年と今年のイギリス訪問で、イギリスのイングランド、ウェールズ、北アイルランド、スコットランドの4つの国(Nation)を駆け足で巡ったことになります。そして、国ごとに、やはり個性があり、よさも違っていました。
 ひとつ面白ことに気づきました。
 イギリスの家は石がその建築材料として使われています。石は重い建築材料なので、手近なところからとってきて使われます。ということは、その地域の石の性質を石材はあらわしています。
 スコットランドは、旧赤色砂岩なので赤系統の町。北アイルランドの北部は、玄武岩とチョークなので、黒と白系統の町。ウェールズはスレートなので、灰色系統の町。イングランドは、金に任せていろいろな石が使われていますが、砂岩や素焼きレンガ(テラコッタ)などが多く多様な色をもっています。
 石は似た色あいで同じ岩石名をついていても、よく見ると個性があり違いがあります。たとえば、スレート葺きの屋根は、みんな同じようにみえますが、近づいてよく見ると、ひとつとして同じものがありません。街全体が似たような素材でつくられていると、それ自体が街の色合いとなり、落ち着いた感じを与えます。
 こんな石造りの町の中にあって、コンクリート造りの建物は味気なく見えます。やはり、伝統や歴史だけでなく、その街をじっくり眺めると、その町のありようとして、どのような建物がふさわしいかは、だれもがなんとなく感じるような気がします。
 そんな中にマクドナルドなどのけばけばしい看板はふさわしくありません。もちろんマグドナルドは、イギリスの都会でもたくさん見かけますが、その町の雰囲気を壊さないようにおとなしい色になっています。規制されているせいでしょうが、それは当たり前のことをしているような気がしました。

・平穏と不穏・
 北アイルランドでは、IRA(アイルランド共和軍)がゲリラ戦をしていると不穏なところだという先入観がありました。また、イラク戦争においてはイギリスも参戦していたので、テロの対象となるのではないかと心配していました。
 外務省の資料によれば、今は一応平穏になっているようです。1997年7月にIRAはテロ活動を停止を宣言し、1998年4月に北アイルランド和平合意(グッドフライデー・アグリーメント)が成立し、1999年12月には、英国からの権限委譲を受け北アイルランド議会が発足しました。
 その間、IRAの平和路線を不満として、過激派グループが活動しており、いろいろトラブルがあったようですが、2001年5月には、北アイルランド自治政府の権限が再開しました。2001年9月11日に、米国で同時多発テロ事件が起こりましたが、イギリスで具体的なテロ事件は起こっていません。しかし、IRAの過激派グループはテロ活動を放棄したわけではないようです。
 そんな北アイルランドにいったわけですが、物騒なところはありませんでした。町でも警官やパトカーを見かけることがほとんどありませんでした。でも、そんな先入観を持ってみているせいでしょうか、いくつか目に付くことがありました。
 ひとつは警察署の物々しさです。金網の柵に囲まれた中に警察署があります。そして監視カメラや夜間照明がついて、物々しい、異様な景観となっています。田舎の警察署でもそんな状態でした。
 もうひとつは、人々のサイレンに対する過敏な反応です。レストランで昼食をとっているとき、パトカーのサイレンがなりました。すると店にいた人が、ひどく驚いて、きょろきょろしていました。ロンドンや日本ではよくあることなで、たいして気にしませんが、ここでは、みんなびっくりする出来事なのです。

・アイルランドの食・
 アイルランドには、スタウトとよばれる濃厚な黒ビールの生産地です。なかでも一番有名なのがアイルランドのダブリンに本社のあるギネス(Guinness)ビールです。グラス一杯を1パイント(pint、568ml)といいます。
 いちど注ぎ、泡が一段落したら、グラスに満たします。表面にきれいな細かい泡が1、2cmの厚さで覆い、飲み終わるまでその泡が消えないようなものがいいようです。
 私は、日ごろはお酒は飲まないようにしていますが、イギリスにいるときは、毎日1パイントのギネスを夕食前に飲みました。それからイギリスの料理を味わいました。これはなかなか病みつきなってしまいます。
 昔からアイルランドの朝食には、さまざまな料理がならぶようです。わたしが、泊まったところでは、どこでも、ベーコン、ソーセージ、ベークドトマト、卵、揚げパン、トーストなどなかなかボリュームがありました。ほかにも、フルーツ、ヨーグルト、ジュース、シリアルなどが自由にとれるようになっていました。
 朝から、重たい朝食ですが、私は、もともと朝型の生活をしていますので、重たい朝食でも、問題はありません。私は、朝5時から6時に起きていますので、8時前後に食べる朝食ですから、空腹です。日本から行くと時差ぼけにもあまりならずに、すぐこの生活パターンになれます。
 しかし、最近は、こうした朝食をとる人は少なくなり、軽い朝食がこのまれているようです。