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講 義: Lec 004(その3) はかる:この世の記述のしかた
掲示板■ 師走・理科
 


 前回、長さのはかり方を例として、はかる方法を考えてきました。そのとき提案した「koide」という単位が、いいものなのか、よくないものなのかを、今回は、検討していきましょう。


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講 義: 004(その3) はかる:この世の記述のしかた

▼ 基本単位
1 koideの問題点
 この世を記述するためには、はからなければなりません。はかる方法を考えとために、前回は長さを例としてきました。そのとき、私の身長を1とする「koide」という単位を提案しました。koideという一つの単位にしても、指数を利用すれば、どんな大きな長さ、どんな小さな長さも表すことができました。また、有効数字と利用すれば、どのような精度であるかを示し、いくら精度を上げても、この方法で表現できることを示しました。
 では次に、このkoideという単位が、いつでも、だれでも、どこでも、正確に決定できるか、ということについて、考えていきましょう。
 koideという単位は、長さの単位で、私の身長が、1 koideとしました。ですから、私の身長をはかれば、必要に応じていつでも正確にはかることができます。しかし実際には、いつでもkoideという単位は使えるのは、私(小出自信)で、私を知らない人には、自由に使えるものではありません。それに、私から遠く離れれば、見当も付かない長さになってしまい、使うことができません。
 さらに、問題があります。私自身の身長も、朝と夜では違っています。また、年齢によっても違っていきます。いつのどの時点の身長を基準にするのか、私自身も迷ってしまいます。それに、過去のある時点の身長を基準にしたとすると、いままでにない精度の良い基準が欲しくなったとき、その時点の私の身長はもう、再現することができません。ですから、koideは、不確かな単位となります。
 どうもkoideという単位は、問題があるようです。

2 単位の条件
 koideがよくないとすれば、問題点がない、みんなが納得するものを使わなければなりません。正確さもも、もちろん必要です。必要となれば、有効数字がいくらでも得られる方法でなければなりません。
 以上のことから、基本的要素をはかるためには、次のような条件を満たすことが重要となります。
・ひとつの単位で示せること
・いくらでも正確にできること
・「この世」、つまり宇宙のどこでも、だれでも、いくらでも、いつでも、使えること
・必要最低限ものだけ
 koideは残念ながら、この条件を満たしませんでした。
 一般的な長さの単位であるメートルを使ったほうがいいかもしれません。「この世」の基本的要素の素性を知るために、はかる基準となるためには、いい単位が必要です。できれば今まで使っていたもので、大幅に変更がなく、経験に反さないものが望ましいということになります。では、昔ながらのメートルなどの単位に戻っても、それが信頼に足るものなのかは、上の条件をもとに、検討していきましょう。

▼ 基本単位
 現在使われている単位は、国際的にきめられています。国ごとに単位の基準が違うと、知識の共有、貿易、社会生活などで支障をきたすからです。
 かつては、MKSA系やCGSA系という単位が使われていました。1960年に、国際度量衝総会で、国際単位系(International System of Units)というものが決められました。それは、MKSA系を拡大したSI系とよばれているものです。
 SI系という単位で、「この世」の性質をあらわすのに必要な基本となる単位を、基本単位といいます。基本単位は、
長さ、時間、質量、電流、温度、物質量、光度
の7つです。その他に使われている単位は、この7つの基本単位で導き出すことができます。そのような単位を組立単位といいます。
 7つの基本単位でも多いように思えますが、この世をはかるのに、たった7つの量をはかればいいと考えれば、これですんでいるのが不思議な気もします。
 「この世」のすべてのものの性質、現象、法則、出来事は、これらの基本単位で記述することができるわけです。必要とあれば、基本単位から導かれる組立単位を使えばいいのです。
 では、7つの基本単位はどのように決められているのか。そしてその単位は、私たちがkoideの経験から導き出した、単位としての条件を満たしているかどうか検討していきましょう。

▼ 長さ:空間をはかる メートル(meter、m)
 かつて、1mは、地球の北極から赤道までの長さ(子午線)の1000万分の1(1×10^-7)とされていました。
 19世後半ごろから、北極から赤道までの子午線が一定ではないことがわかってきました。つまり、基準となるものが、koideの身長のように、正確でないことがわかってきたのです。
 そこで、1889年以降は、光速を利用を利用することにしました。その定義によると、1mは、
「光が真空中で1/(2億979万2458) sec の間に進む距離」
と決められています。
 光速は、真空中ではどのような状態ではかっても、同じ速度であることがわかっています。ですから、基準としてはいいものです。
 ただし、問題は、時間を使って定義されていることです。時間が正確かどうかによっています。時間の単位をみてみましょう。

▼ 時間:時間をはかる 秒(second、s)
 かつて時間の単位の1秒は、地球の公転速度の1年から決められていました。しかし、公転周期も正確でなく、ぶれやばらつきがあることがわかってました。
 そこで、1967年以降、1秒は、
「セシウムという元素(133Cs)の発する放射の91億9263万1770 周期の継続時間」
という定義に変更されました。
 これは、元素が発する固有の周期の電磁波を基準にするものです。これは、物理現象ですので、同じ条件であれば、同じ周期の電磁波を発生します。その電磁波の周期を基準にして、定義されています。そして、その波が何回繰り返されたかという周期が使われているだけです。他の単位には依存していません。これは、非常に正確で、そして宇宙のどこでも利用できる基準といえます。
 時間の単位は、いい単位としての条件を満たしていました。したがって、長さも条件を満たしていたことになります。
 時間と長さは、宇宙のどこでも利用できる便利な、そしてすぐれた単位といえます。

▼ 質量:物質の量をはかる キログラム(kilogram、kg)
 かつて、1kgは、
「1気圧最大密度の温度における水1,000 cm^3の質量」
とされていました。
 これは、人的に要素が入らないし、水もどこにでもある物質です。長さも上で決めましたから、正確です。
 ところが、これを実際に計測るのは、なかなか困難な作業でした。
 水の入れものを正確につくること、純粋な水を用意すること、正確に水を1気圧に保つこと、最大密度の温度(約4℃)に水全体を正確に保つことなど、実際には、このような条件をつくりあげることは、なかなか困難なことでした。ですから、単位の基準として正確に測ることがなかなか困難でした。
 また、1気圧とは質量に依存した組立単位です。ですから、自分自身を量りたいのに、その量るためには自分自身が必要になるという矛盾があります。また1気圧とは、地球の大気の状態を基準としていますので、宇宙のどこでもというものではありません。
 ですから、こんな困難さを避けるために、水より扱いやすい重りをつくってそれを代用することになりました。上で示した条件の水を、一番いい状態でつくって、それと同じ質量をもつ原器とよばれる質量の基準となるものがつくられました。この原器はアルシープ原器とよばれ、白金製の円筒状のものした。
 その当時は厳密につくられたのですが、後に、原器を基準に水の体積を測定してみると、実際には、1000.028cm^3分になっていました。つまり、実際より、原器の方が、0.028グラム重いという誤差があったのです。水を単位とするのはなかなか困難なようです。
 そこで、1889年には、このアルシープ原器が1kgにすると定義を変え、新しい原器として、白金とイリジウムなどの合金によるキログラム原器がつくられました。新キログラム原器は、フランス、パリ郊外のセーヴルの国際度量衡局に、二重の気密容器に入れられて、大切に保管されています。
 このキログラム原器を元にして、40個の準キログラム原器が作成され各国に配られて、保管されています。この準キログラム原器は、約10年ごとに特殊な天秤を用いて国際キログラム原器と比較されることになっています。
 日本にはこの準キログラム原器のうちの1つ(No.6)が配布され、日本国内の質量の基準とされています。この日本国キログラム原器は現在、茨城県つくば市の独立行政法人産業技術総合研究所に保管されています。日本の準キログラム原器は、キログラム原器に比べて0.170mg重いことが分かっています。
 さて、質量の単位は、もともとは水という自然物の自然状態を利用していたのですが、その精度を出すことが困難であるために、人工物に変えられました。しかし、これは
・宇宙のどこでも、だれでも、いくらでも、いつでも、利用できる
という条件を満たしていません。
 ですから、質量は問題のある単位です。この世には通用しないものです。残念ながら、これが現在の私たちの科学の到達点でもあります。


掲示板:師走・理科  

・師走・
北海道は11月下旬から12月上旬まで雪のない状態でした。
例年になく、12月でも自転車で通勤することができました。
しかし、さすがに12月になると冷え込みも強まり、
寒さがこたえる日々が続いていました。
やっと雪が降りいよいよ冬となります。
スキー場も一安心でしょうか。
このまま雪が降れば、根雪となるほどの寒さです。
先日小学校の行事で、餅つき大会がありました。
家内が行事の担当をしていましたので、
残り物のお餅や雑煮をもらってきました。
夜もそれを食べて、一足早いお正月気分でした。

・理科・
私が所属する大学は、
来年度から小学校教員養成の学科ができます。
そこの専属教員として、春から大学内で所属が変わることになりました。
私は、今まで市民への科学教育という立場で
教育に関する研究を行ってきました。
しかし、来年春からは、小学校で理科を教えられる
教員養成をする立場になったわけです。
そのため、小学校教育に関するいろいろな本を読み始めました。
そのうち、簡単で効果がありそうな方法を、
私の長男が小学生なので、長男を例に実践的に試みています。
小学校の理科の教科書も一通り見たのです、
その印象は絵や写真が多くカラフルです。
実験や観察すべき内容がカラフルな絵や写真で紹介されています。
教える側は実際にすべてを実践的にやれるのかなという疑問があります。
間引くとすると、どれを間引くのでしょうか。
多分大変や作業や苦手な分野は省かれるような気がします。
まあ、現場の先生たちは大変ですから、非難する気はないのですが、
先生の資質や、小学校の教育の内容など、
私自身の問題として考えるようになりました。
そんなことを背景に、私自身が理科に関する大学の講義を
どんな教育内容にするか、現在、思案中です。


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