地球のつぶやき
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Essay■ 243 総体を総体としてとらえる
Letter ■ 新学期・雪解け


(2022.04.01)
 地質学では、自然科学の中では、法則や規則を見つけることが、難しい分野です。総体を総体としてとらえなければならない事象が、多くふくまれているからでしょう。


Essay■ 243 総体を総体としてとらえる

 物理学や化学では、規則性を見出すことが重要な目的としあります。見出した規則性は、数式や化学式など、数学的な形式で示されます。いったん普遍化された規則性は、適用範囲であれば、未知の場面でも演繹できます。地質学においても、物理学や化学に関与してる部分は、数式化、普遍化された規則性を見い出せ、演繹できます。例えば、結晶形成の熱力学的振る舞いは物理学が、結晶の微量化学成分など化学が適用でき、演繹され、利用されています。
 自然科学で規則性を帰納する場合には、要素還元的手法をとっています。要素還元的手法とは、因果関係を調べたい時、原因と考えられるものを、最も単純な要素まで還元していき、それぞれの要素が、どのような因果にどの程度関与しているのかを調べていきます。多数の要素の中から、もっとも大きな影響を及ぼしているものを限定していきます。これが原因として考えていきます。このような過程を経た進め方が、要素還元的方法となります。
 一方、地質学には、経験や主観に基づいた判断がされている場面もあります。例えば、露頭で岩石種を区分したり、貫入岩や溶岩、地層の堆積、形成順序を考えたり、岩石の変形過程を考えたりなどは、かなり複雑な思考が必要になります。露頭で検証作業がなされるとは限りません。経験が豊富な地質学者であれば、短時間で的確な判断を下せることでも、初学者ではなかなか判断できなかったり、間違うことも起こってしまいます。
 要素還元的方法が使えない、経験的にしか規則性を抽象できない場合は、どうすればいいのでしょうか。事象をばらばらにすることなく、総体としてとらえていく方法があります。事象をばらばらにすることなく、全体としてどのような特徴があるのか、刺激や条件に対してどのような反応や変化が起こるのか、など、総体としてとらえていく方法です。
 総体を総体のまま扱うには、これまでにない新しい考え方や方法論が必要になります。要素還元的方法が適用できない事象なのもかしれないし、そもそもそのような決めつけることも危ういかもしれません。
 わからない総体をそのままとらえようとする考え方が、いくつかあります。例えば、クオリア、アフォーダンス、複雑系などが挙げられます。
 クオリア(qualia)とは、感覚としてとらえているもので、意識や主観で感じたり経験したりすることをいいます。感覚なので、視覚、聴覚、臭覚、味覚、痛覚などいろいろなクオリアがあるとされています。感覚なので、同じ事物、刺激に対して、自分と他者が同じ感じ方をしているかどうかの比較ができません。また、物理的、生理学的、脳科学的など要素還元はできそうです。しかし対象から脳が感じて人が認識するまでのすべてを、クオリアは総体としてとらえることになります。クオリアの実体を要素還元的に検証をしていくことは困難です。
 クオリアとは、わかりにくい概念ですが、人が感じる感覚という実体がありそうな総体を扱っています。要素還元できないので、難しく「感じる」のではないでしょうか。
 アフォーダンス(affordance)とは、アメリカの心理学者のギブソンが提唱した造語によると考え方です。「供給する、与える」という意味のaffordから、事物にもともと備わった性質が、人(動物や生物でもいい)が関わることから生まれる関係、性質もあります。そのような人が物に関与することで生まれる関係性のことをアフォーダンスと呼びました。人からすると、事物によって行為を知覚させていることになります。
 例えば、川沿いで調査をしていると、石を乗り越えていくことがあります。その石を見て、不安定か、安定しているかを判断しています。不安定だと思えば、揺れるかもしれないと予測し、慎重に揺れても対処できそうな状態で足を置いてきます。安定していると思えば、安心して足を置くことになります。石から、人の行動、行為がアフォードされています。
 このようなものと人との関係をアフォーダンスと呼んでいます。アフォーダンスとは、科学への適用な難しそうですが、デザインや設計では、人の行為を自然に誘導するために利用されているようです。アフォーダンスも、なかなかわかりにくい概念です。
 複雑系は、言葉通り複雑な関係、変化をする系のことです。その関係は、要素還元的には示せないものです。例えば、単純な方程式、同じ繰り返しをしても、結果が予測できないできないものもあります。例えば、気象現象にも複雑系があることがわかっています。短期的な天気予報はできても、長期になると予報が当たらなくなっていきます。
 どこか入道雲や高積雲(うろこ雲やひつじ雲と呼ばれます)、巻雲などは、どれも似ているところがあるので、ひとつひとつを見ると違っています。
 あるいは、総体は要素の集合と考えてしまうことが多いのですが、すべての要素を調べても総体がわからないことがあります。例えば、生物は細胞からできています。細胞はDNAをもとに作られています。人のDNAはすべて解読されいます。では、DNAの情報から、人、あるいは生物の挙動や行動はわかりません。
 このような複雑系は、規則があるのに結果が予測できなかったり、不規則になったり、なんとなく規則性があるように見えのに、規則がみえなかったりたりします。要素の集合が総体ですが、総体がもっている特徴や総体が起こす事象のすべてはわかりません。複雑系にいろいろなものがあり、要素還元的方法では対処できそうもありません。
 ここで紹介したのは、要素と総体の関係を考えるための概念、あるいは姿勢のようなものですが、わかりにくいものです。わかりにくさとは、要素還元できないということなのかもしれません。総体の存在にこそ、意味があるのではないでしょうか。
 私たちは、総体を考えるための概念であるクオリア、アフォーダンス、複雑系とは何か、という意味や定義を聞きたくなります。そこまでまだ大丈夫でしょう。しかし、その先の「原理や法則は」と聞くのは、要素還元主義的思考になっています。ついつい聞きたくなってしまうのですが、それこそが総体を総体的にとらえていくことの難しさなのでしょう。
 地質現象は、総体として語るべき内容がいろいろ含まれています。岩石や化石を分類、区分、識別するとき、最終的に物理化学的、あるいは生物学的に要素の還元できますが、クオリアを読み取っています。
 地質調査をするとき、クリノメータやハンマー、ルーペなどの使い方は、当初はぎこちないものですが、何度も使っているうちで、使い方を覚えていきます。一旦覚えると、以降、使い方を考えることを意識することなく、ただ、必要な操作を無意識にしていきます。これら道具と操作の関係は、アフォーダンスの概念が当てはまります。
 地質現象には、複雑系も多々紛れ込んでいます。地層は、サイズや構成物が異なっていても全体として層構造として認識できます。地下水がタレてできる鍾乳石にできる模様も、サイズが異なりますが、全体として似た繰り返しになっています。水の流れが作る地形は、大河や河川から、小さな雨水の流れなど、スケールが違っても似ています。そこには複雑系の特徴がみられます。
 地質学は、要素還元できない現象や対象を多数扱っています。地質学者は、総体性を重視すべきでしょう。要素還元できない総体にこそ、自然や地質現象の重要な「なにか」があるのかもしれません。
 地質学者だけではありません。私たちは、総体にある複雑系を見抜いて、総体のクオリアを感じ、アフォーダンスで総体として馴染んで暮らしています。総体を総体としてとらえる人の能力は素晴らしいものです。それらを意識することがなく暮らしているのは、総体を総体的にとらえることをメタ的にアフォーダンスとして身につけているためでしょう。


Letter■ 新学期・雪解け 

・新学期・
いよいよ新学期となります。
大学では、対面が復活します。
もちろんコロナ対策をして臨みますが、
対面講義ができるようになります。
2年間、多くの講義が遠隔となっていました。
2講義連続て立って板書する授業が
週2日あり、それが来週からはじまります。
久しぶりなので、体力と声が少々心配です。
しかし、対面講義があるのはいいことです。

・雪解け・
今年は積雪が多かったので、
根雪が、なかなか、なくなりません。
しかし、3月下旬になり、暖かい日が続き
一気に雪解けが進んでいます。
幸いないことに、雪が多かったため、
除雪が行き届いているので、
道には雪がない状態なので
例年の泥沼のような雪解けにはなっていません。
雪解け水が、道路を横切って流れ
川になっているところもあります。
これも例年にない現象です。


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