地球のつぶやき
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Essay■ 224 縁なき衆生は度し難し
Letter ■ 自粛の継続・体験が残すもの


(2020.09.01)
 正しいことがわかっていても、つい、心は他の方向や他のものを選択することがあります。心は不思議なものです。しかし、心を律するのは理性、知性しかありません。理性的に知力を使って生きていければと思っています。


Essay■ 224 縁なき衆生は度し難し

 「縁(えん)なき衆生(しゅじょう)は度(ど)し難(がた)し」という仏教用語あります。この言葉は、一般にも使えると思います。「縁」とは、本来は仏とのつながりですが、広く賢者、科学的見地での考えられる人となるでしょう。「衆生」とは、すべての人々のことです。「縁なき」とは科学的に考えられない人々のことです。「度す」は、悟りの境地へ導くという意味ですが、広く考える正しい道へ導くということでしょう。「度し難し」とは、導くのが難しいということです。つまり、「縁なき衆生は度し難し」とは、科学的に考えられない人は、正しい道へ導けないということになります。別の言い方をすれば、「馬の耳に念仏」あるいは「犬に論語」となるでしょうか。
 さて、本題です。目に見えない存在を信じることは、困難なように思えます。しかし、実際には多くの人が、見えないものを信じています。そのいい例が、ウイルスではないでしょうか。
 ウイルスの対処の困難さは、見えない点です。しかし、これだけ医学が進み、その微小な姿を映像化して示されると、肉眼では見ることができないのですが、そこに存在するかように信じて、行動しています。そこに存在するかどうかが不明であっても、存在するという前提で、対処しています。このような考えは、「予防原則」、あるいは「予防措置(precautionary measure)(原則)」などと呼ばれることがあります。
 科学的に結論が出ていない課題であっても、対処が必要なときがあります。結果として被害の大きなことを想定して対処しようというもので、予防措置原則が用いられます。ただし、適用しすぎてしまうと、「怪しきはすべて禁止」となるので、注意が必要です。
 新型コロナウイルスは、7月からの大きな第2波が現在も継続中です。都市部(東京、大阪、神奈川、愛知、福岡など)とともに、沖縄も感染が拡大が継続しています。毎日の感染のニュースで、人は馴れてしまい、地域によっては毎日の新規感染者が200人だと少なく感じてしまいます。馴れによって、つい油断していきます。
 科学が発達していない時なら、病気の原因となるウイルスは、見えないものですから、その存在を信じない人もいたはず。しかし、同じ時代の人が、お馴染み得ないものでも「神」の存在は信じていたりします。時には、現実に起こった論理的、科学的に考えれば、その原因がわかるものですら、神が成したと信じることもありました。人の中には、矛盾した心が存在しているようです。
 現在では科学が進んでいるので、科学で確認されていない存在(例えば、幽霊や宇宙人、超能力など)は信じないことが多いと思いますが、星座や手相の占い、血液型による性格判断、県民性など、科学的根拠がないとされていることも、日々メディアが放送し、多くの人が話題にしています。まあ、人は、信じたいものは、たとえ科学的はありえなくても信じることがあるようです。現在でも、教育を受けた人にも、矛盾した心は存在しているます。
 多分、このような矛盾した心の存在は、どんなに科学が進んでも、教育が進んでも、残るものなのでしょう。矛盾した心が、個人の思想信条や、個人の心の問題である限りは、他人が口出しすべきことではありません。しかし、そのような矛盾が、他者、あるいは多くの市民、コミュニティ、国民を巻き込むことになれば、問題となります。
 現在、新型コロナウイルスの形態や特性、遺伝子情報などは確認され、その特徴と対処法も少しずつではありますが、わかりつつあります。また、一般の感染症に対する、科学的対処もわかっています。新型コロナウイルスへの完全な対処は、ワクチンの完成を待つしかないのでしょうが、それができるまでは、予防措置原則でウイルスの蔓延を抑え込むことが必要不可欠でしょう。
 新型コロナウイルスの対策に対して、抑え込んだ他国の事例を見ると、科学的な考え方と予防措置原則に則ることを決め、強いリーダーシップのもとで対策が実施されていることがわかります。一方、我が国では、科学的考え方があっても、予防措置原則を知っていても、リーダーシップがなく、中途半端な対処が、日本の現状を生み出しているようです、また、初期段階での対処の間違いが、現在のアメリカの状態を生んでいるのでしょう。指導者は、衆生を度することこそが、もっとも重要な役割のはずなのですが、・・・。
 科学先進国で、経済発展もしている日本という国で、このような事態が起こっていることは、由々しきことではないでしょうか。科学者たちは、科学的考えをもって政府に助言しています。他国の成功例も、いくつも示されているます。予防措置原則による方法論も確立されています。また日本には、経済力も医療体制も整っています。衆生は度される資質と従順さをもっています。なのに、指導者が「縁なき衆生は度し難し」なのでしょうね。


Letter■ 自粛の継続と・体験が残すもの 

・自粛の継続・
今年の北海道の夏は、暑い日が何度かありましたが、
それでも過ごしやすい日が多かったです。
それが北海道の夏の魅力です。
3月以降、出かけることが全くありませんでした。
ほぼ、大学と自宅の往復だけで過ごしました。
家内の外出も、曜日を決めて、買物しに出かけますが
外出は最小限にしています。
8月末に、校務での出張が3度ありました。
しかし、9月には、道内で調査をしたいと考えています。
新型コロナウイルスの感染状況には、
常に気を配ることになります。
いつ中止になるかがわかりませんので、
様子をみながらです。

・体験が残すもの・
大学では、後期も遠隔授業を
多数の講義で、取り入れざるえないでしょう。
しかし、少しずつですが、
対面授業を復活させはじめることになるでしょう。
時間短縮や三密対策をした上での
対面授業の実施となります。
いつまで続くがわからない不安があります。
新型コロナウイルの耐え忍んだ体験は、
日本国民の将来にいったい、何を残すのでしょうか。



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