地球のつぶやき
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Essay■ 221 ウイルス:無生物として進化
Letter ■ 知の集結・それでもウイルスは生物


(2020.06.01)
 新型コロナウイルスの大流行で、ウイルスについてもテレビや新聞、ネットなどで、いろいろと知識を得られた方も多いと思います。ウイルスを通じて、生物や生命について考えていきましょう。


Essay■ 221 ウイルス:無生物として進化

 今回はウイルスについてです。ウイルスは生物だと思っている人も多いかも知れませんが、「ウイルスは生物ではない」というのが、多くの生物学者の見解のようです。ウイルスと生物について考えていきましょう。
 生物は多様です。多様ですが、すべて生物が満たすべき必要条件が考えられています。生物として満たすべき条件は4つあります。平たい言葉でいうと、「食べる、排泄する」、「入れものにはいっている」、「コピーをつくる」、「変化する」の4つです。
 「食べる、排泄する」とは、生物学では「代謝」のことをいいます。代謝とは、生物が生きていくために、外部から必要な成分を取り入れ(食べる、と表現しました)で、不要になった成分を排出(排泄)することです。これは生物が活動し、成長していくために不可欠な行為となります。
 「入れものにはいっている」とは、生物学では「個体」と呼んでいます。生物と外界との間に境界(隔壁、細胞膜、皮膚など)をもっていることで、自身と周りを区分するために必要なものです。そして、生物は1こ、2こと数えられる存在となります。自己と外界、環境などが区別できます。また、代謝を定義するためにも、不可欠な条件となります。
 「コピーをつくる」は、生物学的には「複製」と呼ばれています。生物の個体は、長く使っているといろいろな部分に不具合が生じたり、機能が不全になったりします。使用期限が、生物ごとにあります。そのため、自分たちの仲間を残こすためには、自分と同じ機能や特徴をもった複製していきます。複製することで、自分と同じか似たもの(子孫)が生き延びていくことができます。自分自身ではありませんが、自分と同じ「個体」、「子ども」がつくること、「子孫」を残すというで生き延びることです。生物は、この「複製」の機能によって、時間経過による劣化に対応しています。
 「変化」とは、生物学の言葉では「進化」になります。「複製」される時、時々ミスコピーが起こることもあります。その多くは生き延びられないのでしょうが、稀に生き延びられるものが出てきます。その「ミスコピーの子ども」の多くは、生存競争に負けたり、次の子どもつくれなかったりします。しかし、長い時間の経過があると、稀に子どもをつくれるものもでてきます。その子孫の中には、稀でしょうが他の環境へ進出できる能力をもっていたり、環境変化に耐性をもっていたり、もしかすると周りより優れた能力をもつももいるかも知れません。このような小さな「変化」の積み重ねが、やがて「進化」となっていきます。
 単細胞生物は、分裂することで「複製」ができ、サイクルも早いので、「変化」や「進化」も起きやすくなります。一方、多細胞生物、特に動植物などのように複雑な生物は、「複製」のサイクルも長期間の後になります。そのため、「変化」にも時間がかかります。そのため、雌雄(オス・メス)で子どもをつくることにして、「変化」を起こしやすくしています。
 現在の多様な生物は、このような「進化」の結果として生まれたはずです。現在、生きて子孫の残し続けている生物は、すべて生存競争や時間の淘汰を乗り越えて生き延びてきた生物になります。
 このような4つの条件を満たすものが生物の定義といえます。ウイルスは、4条件を満たしているでしょうか。
 ウイルスは、「個体」になっています。「飛沫感染」や「接触感染」は、ウイルスの「個体」が宿主内に入っていくことになります。ウイルスは体内で増殖していき病気になるので「複製」もしています。また、「ウイルスは変異する」というように、ウイルスも「変化」していきます。生物の4つの条件のうち、3つを満たしています。
 ところが、ウイルスは、細胞として「代謝」の機能をもっていません。タンパク質とDNA(あるいはRNA)は持っていますが、他の生物の細胞に入り込み、その細胞がもっている「代謝」機能を借用しています。宿主の代謝機能を利用して、自身と同じDNAをもつ個体を複製していきます。ですから、ウイルス自体は、「代謝」の機能を欠いているので、必要条件を満たしていません。だから、生物とはいえません。生物学者がウイルスは無生物だという理由です。
 ウイルスは、生物が存在しないと生きていけません。ウイルスは無生物とされているのですが、生物ありきです。生物なくしてウイルスは存在しえないのです。では、そもそもウイルスはどのようにして誕生したのでしょうか。
 生物の誕生については、いろいろな研究、議論があります。そこから次のような誕生から進化のシナリオが考えられています。すべて生命には、共通祖先が存在し、そこから進化によって多様な生物が誕生したというシナリオです。共通祖先から、古細菌と細菌(バクテリア)が誕生し、次に古細菌から真核生物が進化してきた、という仮説がもっとも一般的です。このような生物の誕生と進化のシナリオのどこに、ウイルスの出現が関わってくるのでしょうか。
 ウイルスの起源については、かつて3つの仮説がありました。
 生物が出現する前にウイルスが現れたという「ウイルス優先仮説」があります。ウイルスは生物より単純なので、先に出現したというものですが、生物が出る前に誕生したとしても、代謝機能がないので、宿主(他の生物)がないと複製できないという矛盾がありました。
 もともとは細胞に寄生する細胞だったのですが、そこから遺伝物質だけが還元されてできたという「還元仮説」(縮退仮説とも呼ばれる)があります。これは、寄生して生きる細菌(寄生細菌という生物)に似た巨大なウイルスが発見されたことから支持されました。しかし、寄生細菌とウイルスは似ていないという基本的な問題がありました。
 ウイルスはもともとは普通の生物であったのですが、そこからDNAあるいはRNAだけが飛び出してできたという「脱出仮説」(流浪仮説)があります。しかし、この説では、細胞にはないウイルス固有の構造が説明できないという問題がありました。
 いずれの仮説も課題があり、未解決でした。そこに登場したのが、「共進化仮説」です。生物が誕生したとき、同時にウイルスも進化したという説です。生物が誕生するためには代謝が必要です。代謝には栄養(エサ)が必要になります。その栄養源付近にはウイルスが誕生しやすい環境があり、そこで誕生したとされるというものです。
 もうひとつ「キメラ起源仮説」が2019年に発表されました。「キメラ」とは、ひとつの細胞の中に、異なった遺伝情報をもつ細胞が混じっているものをいいます。キメラは珍しいものではなく、植物とそこに「接ぎ木」した枝などは、キメラの状態となります。もともと生物が誕生するとき、混在していた遺伝子のプールから、他の細胞の機能を利用して生きる仕組みをもった遺伝子からできたものが、ウイルスとなったという仮説です。この仮説は先に述べた3つの仮説とは少し異なっていますが、「ウイルス優先仮説」と「脱出仮説」が組み合わさったものとなっています。
 生物の誕生すらまだ確定していないのですから、ウイルスの誕生を理解するのは、まだまだ先のことかもしれません。しかし、ウイルスの誕生は、生物がないと成立しないので、もし現在のウイルスを素材にして、誕生についての研究が進められたら、どこかで生物の誕生への束縛条件が生まれるかも知れません。期待したいものです。


Letter■ 知の集結・それでもウイルスは生物 

・知の集結・
新型コロナウイルスの流行で、
世界中で多くの研究者がウイルスに関心を持ち、
関係する研究論文も大量に公表されています。
治療薬の治験やワクチンの開発なども
使命感をもった多くの研究者が関わっています。
通常の手続きや規模ではなく、
人類が総力を挙げて、
対応に取り組んでいるように見えます。
非常に力強さを感じています。
通常よりも早い時期に対処法ができることが
期待できそうですね。

・それでもウイルスは生物・
ウイルスは無生物だといいました。
でも、私は生物だと思っています。
生物の4条件は満たしていないのですが、
生物の多様性を考えるのであれば、
そのような特異なものも含めてもいいと思います。
また、ウイルスを調べるためには、
生物学の知識が不可欠です。
そしてなによりウイルスは、生物学者が調べています。
生物学なくしてウイルスはありません。
この構図は、生物なくしてウイルスはないと似ています。


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