地球のつぶやき
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Essay■ 215 多様性の中のバイアスのトラップ
Letter ■ 思索への・師走の声が


(2019.12.01)
 多様性を知ることは重要です。たとえ、多様性が、これまでの成果を覆えしても、歓迎して受け入れるべきです。しかし、多様性には、バイアスというトラップが隠れているかもしれません。注意しましょう。


Essay■ 215 多様性の中のバイアスのトラップ

 今年のノーベル物理学賞では、系外惑星の発見者であるマイヨール博士とケロー博士にも与えられました。そんな頃、必要性があって、系外惑星について調べていました。2つの出来事が重なるタイミングでした。そこで、考えたことがありました。
 かつて、私たちが知っていた惑星系は、太陽系だけでした。太陽系の惑星の形成過程や現状を説明するために、研究者たちは、モデルを試行錯誤しながらつくってきました。多体問題やカオス、複雑な過程などの困難さなどを解いていかなければなりませんでした。最近では、コンピュータの発達で、複雑な過程のシミュレーションもできるようになってきて、惑星系の形成の概要や、課題なども整理されてきました。ところがそんな矢先に、系外惑星が発見されました。
 観測が進むについて、驚きに満ちた発見が連続しました。恒星のすぐ近くを回る木星のような大きなガス惑星(ホットジュピターと呼ばれる)や、異常に離心率の大きな軌道をもった惑星(エキセントリック・プラネット)など、多様な惑星が発見されてきました。岩石の地面をもった惑星や、遠くを回る惑星、地球のようなサイズの惑星も、数は少ないですが発見されてきました。恒星の近くを回っている大きな惑星の数が、多数派、主流派でした。
 地球に似た系外惑星は、少数でしたが、見つかったことは重要です。地球は宇宙において、唯一の例外的な存在ではなく、他のところでも、形成されうることが検証できたことになります。ただ地球のような惑星は、宇宙で普遍的な存在ではなく、特別なもの、特異な惑星であることは、現状の発見数から推定できそうです。
 そうなると、これまで培ってきた太陽系の惑星形成に関するモデルが、他の惑星系には、まったく適用できないか、適用できてもほんの一部の惑星系(私たちの太陽系)のみにしか使えないものになったてきたのです。
 ところが、この考え方にはバイアスがあるので、注意が必要です。
 系外惑星の探査では、遠くの恒星の前を横切ったときの明るさの差や、恒星のブレをドプラー効果を利用して検出することで、惑星の特徴(サイズや質量、軌道など)を見積もっていました。いずれの方法でも、恒星に近い惑星、それも大きなものが見つかりやすくなります。その効果は遠い恒星ほど強くなります。遠くにある恒星系や小さな惑星は、発見されにくくになります。これがバイアスになります。つまり、地球のようなサイズや軌道上の惑星は、発見されにくくなります。地球に似た惑星の発見された数が、少ないとしても、それは惑星系の平均的な姿ではないという、バイヤスのかかった姿となります。
 次に、ものと定義についてみていきましょう。子どもでも、犬や猫は認識できます。大きな猫、小さな犬がいても、鳴き声がわからなくても、色が違っていても、その違いを区別することができます。これは、犬や猫の概念を身につけているからです。
 犬という概念をどうして身につけていくのでしょうか。小さい子どもに、犬がいれば、それを「わんわん」や「犬」として親や大人が伝えます。それをいろいろな犬で繰り返していきます。絵本やテレビ画面でも、繰り返し学びます。多数の事例の学習から、色やサイズ、動き、音声などに関して、一定の多様性を含んだ犬の概念が生まれてきます。そのような概念が生まれると、はじめて見たパターンの組み合わせであっても、いくつかの条件を満たしていなくても、犬が区分できるようになります。
 では、その犬という概念を、言葉で定義できるでしょうか。なかなか難しい作業でしょう。犬といっても、サイズも、色も、毛並みも、鳴き声も、行動も、多様です。さらに、自分が知っている犬の色などは、これまで見た経験に基づいて、定義の範囲が定められています。しかし多様な犬を見るという経験をすると、犬の定義が広がっていくことになります。やがて気づいたら、その定義では、狼や近縁種の境界を侵害していることになるかもしれません。多様な犬をみることで、犬の定義が、犬を限定することができないという矛盾が生じます。この犬の例では、多様性を取り込む、定義が拡大し、類似物との区別がつかくなっていくことがわかります。
 では、犬の多様性の例を系外惑星の発見に適用するとどうなるでしょうか。地球に似た系外惑星を見つけようとすると、どこまでが地球の類似天体とするか、どこからが地球とは異なるとするのか、という定義が曖昧になっていくことになります。
 系外惑星の原点にもどって考えていくと、第2の地球を探すというモチベーションがありました。生命が誕生しているかもしれない惑星を探すことでもあります。その最初の条件として、水が存在する軌道域(ハビタブルゾーン)に地球タイプの惑星があるかどうかが、重要とされています。
 これは、地球型生命の誕生のための条件として水が不可欠だとみなしてきたためです。しかし、水が惑星表面にないと、生命は誕生しないのでしょうか。地球では確かに水が海として惑星表面にあり、生命がいます。これは地球での生命誕生、もしくは生存においては必要な条件であったのかもしれませんが、多様性の一つかもしれません。
 水の存在だけを問うのであれば、太陽系でも氷衛星の地下には液体の水があることが検証されています。そこには生命がいるということまではいっていませんが、可能性は否定されてはいません。探査が及んでいないだけです。つまり、あまりも少ない事例で必要条件を設定をしていくと、太陽系惑星の形成モデルは系外惑星の多様性に対応できないという轍を踏むことになります。生命の誕生、存在のための条件を限定しすぎてはいけません。
 また、犬の定義では、身近な犬から多様性の範囲が限定されていました。もし、わんわんとしか鳴かない犬しかみてないとしたら、それ以外の鳴き声の生き物は、犬に分類しないでしょう。もし、遠吠えを聞いたことがない子どもが、その遠吠えをする犬をみたら、狼に分類するかもしれません。系外惑星でも同様でしょう。多様性を謙虚に受け入れましょう。
 多様なものが見つかると、その概念、定義が広がります。また、一部のものから抽象された定義は、新たな多様性の発見で、大きく変更、修正が迫られます。しかし、そこには、なんらかの限界(経験や技術)により、バイアスが生じてしまうことがあります。そのバイアスは目に見えないものなので、トラップとなります。多様性を知ることと共に、一部しか見ていないというバイアスがあることを意識しておくことが重要でしょう。


Letter■ 思索への・師走の声が 

・思索への・
今年最後のエッセイとなりました。
地質学に関係することだけでなく、
広く考えたこともエッセイしました。
もちろん私は地質学者なので、
地質学に関連した事例や事柄などからの
発想や考察になります。
地質学を巡ったものになるのは、
私のアイデンティティでもあり、
取り柄にもなるはずです。
それにしても、ものごとを深く考えることが多くなりました。
それは、年齢に相応のことでしょうか。
それとも、哲学に興味が深まっているためでしょうか。
両方かもしれませんね。

・師走の声が・
師走の声を聞くと、どうしても私は焦ります。
昔の人も走り回っていたのでしょうが、
今はどうなのでしょうか。
私は、クリスマスも、暮れも特別なことはしません。
年賀状も年々その数を減らしています。
定年までには、仕事上の挨拶状は
ゼロにしたいと考えています。
限られた集中力を、自分のことだけに
専念させいたと思っているためです。


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