地球のつぶやき
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Essay■ 181 熊楠の腹稿
Letter ■ 有効利用・野外調査中


(2017.02.01)
 「腹稿」について考えます。腹稿という言葉を聞いたことのない人でも、文章の中で使われれば、意味がわかるはずです。また、腹案と似た意味だといえば、納得できるはずです。「腹稿」について考えていきます。


Essay■ 181 熊楠の腹稿

 聞いたことのない言葉であっても、その意味がわかることがあります。ただ、その言葉が自分にとって重要な意味を持つことがなければ、見過ごされていくことになります。一方、言葉には、意識していなくても、その言葉の通りに行っている行為自体に先進性があることもあります。ただし、言葉の意味や役割を、本人が残す意図がないのであれば、多数の言葉の中に埋もれて消えていくことが多いはずです。
 偉大な先哲が、自分のアイディアを生み出したり、まとめるために、さまざまな工夫をしてきたはずです。しかし、それらの工夫は、アイディアができれば、目的を達成して不要となってしまい、残ることはありません。アイディアを生むための素晴らしい方法が、いろいろあったはずです。先哲のアイディアを生む手法が、言葉や文章にして残されていないとしても、先哲の工夫がなんらかの形や記録として残っていれば、後世に伝わることがあります。抽象的な話し方をしましたが、今回の話題は、そのような言葉と行為についてです。
 「腹稿(ふっこう)」という言葉をご存知でしょうか。私は知りませんでした。でも何らかの文脈で使われていれば、意味はある程度読み取れます。
 福沢諭吉が「学問のすすめ」の中で、「同僚の噂咄(うわさばなし)はわが注文書の腹稿となり」というような使い方をしています。この文章での意味は、「すでに買っている人がいるのなら、その人の意見を、自分がこれから注文するときの参考になる」という意味になります。これは、「腹案」とも言い換えることができるます。
 本筋とは離れるのですが、諭吉の「腹稿」と言う言葉を用いた文章は、物欲について語っているところです。人はより多くのものを求めることになっていく。ものが欲しいがため、金を手にするために働くことになっていきます。物欲は、主客転倒をおこしていくといいます。物欲のために、分不相応なことをしている人がいる。それを諌めるための文章です。そこで本筋とは関係なく「腹稿」という言葉が使われています。特別に重要な意味がある用法ではありません。
 「腹稿」は、辞書によると、古くは唐書の「王勃伝」にも見られるようで、「ものを書くとき心の中で案を練り上げる」ことを意味しているようです。古くからある言葉なのですが、見たことがないとしても、文字の組み合わから容易に、その意味が推定できます。
 腹稿は、原稿を書くとき、事前に心の中で考えていくことです。腹稿は頭のなかでつくられるだけでなく、ときにはメモとして文字化されることもあったでしょう。古い言葉ですから、先哲も腹稿を利用していたはずです。
 現代では、腹稿のために、いろいろな考えを整理する手法が、ブレインストーミングとして提案されてきました。私が学生の頃は、川喜田二郎氏が考案したKJ法があり、その方法に感銘して、活用したことがありました。付箋や小さな紙切れに思いつくことをなんでも書いていきます。考えが出つくすまで付箋を作成していきます。できた多数の付箋をグルーピングしたり、階層化していくことで、全体の考えを整理していく方法です。特に内容が多く多岐にわたる博士論文を書く時、KJ法にはお世話になりました。また、集団で討論をしてくときの考えを整理するときにも、利用させていただきました。
 別の方法では、キーワードや思いついた言葉を線で結びながら書くクモの巣状の図(Web Map)があります。Web Mapと同じなのですが、連想を重視したマインド・マップなど、さまざまな方法が提案されてきました。今ではパソコンで簡単にWeb Mapを作成するソフトもあるので、私も腹稿作成に使っています。長期計画を立てたり、ものごとを構想するときに役に立っています。
 現代では、腹稿のための思考整理の方法にもいろいろなものがあるので、自分に合ったものを見つけることができます。昔は、文章化することが重要でした。腹稿も文字が主だったのでしょうか。他の方法を考案していた先哲もいたはずです。素晴らしい腹稿の方法があったとしても、文章を書くことが目的のためなので、文章ができれば、そのような腹稿は不要になり、消えてしまうことになります。
 ところが、私は、腹案を実体化し、皆が見られえる形で残されたものを知りました。南方熊楠が作成した腹稿でした。南方熊楠顕彰館を訪れた時、熊楠が原稿を書くとき用いた図を「腹稿」として展示されているのを見ました。実はこの時、初めて私は「腹稿」という言葉を知ることになったのです。
 その腹稿はすごいものでした。大きな和紙に、熊楠特有の極めて小さな文字で、大量のキーワードや短文が書き込まれていました。キーワード同士で関連があるものは線でつないであり、グルーピングされたり、執筆順をメモしたり、赤のスミを使って区分しているところもあったりしました。展示されていたのは、「十二支考」用の腹稿で、ひとつひとつの干支に対して一枚の腹稿が示されていました。ときには裏面にも書き込みが続くこともあります。
 熊楠が文章の構成を考えるために、非常にいろいろなキーワードを自分の頭から引っぱり出して、それをまとめる工夫をしていました。現在のいうところの、KJ法やマインド・マップに通じるものです。熊楠は誰に教わるでもなく、自分で編み出した方法です。もし、このような展示がなければ、この方法は知られることなく、埋もれていたはずです。現在のマインド・マップの提案より、数十年も先駆けていました。
 このような緻密な作業をする傍ら、熊楠は手紙では奔放な書き方をしています。着地点も考えず、思いつくまま、話が行ったり来たりしながら、書き連ねられます。気心の知れた人への手紙は、長く、より一層その奔放さが増します。彼の頭の中にある自由闊達な思考形態を、そのまま書き連ねているようです。
 「十二支考」のようにしっかりとした文章を書く時は、腹稿のように入念な準備がなされたようです。英語の論文を書くときは、このような腹稿はないようです。ある時から、あるいは複雑なアイディアをまとめる時、この方法を考案して使いだしたのでしょうか。
 自分の考えを長文の文章化するとき、頭のなかで構想してそのまま書き出す人もいるはずです。今では、ワープロで修正加筆が簡単にできるので、書きながらアイディアをまとめていくこともできるようになりました。アウトライン機能を持っているエディターやワープロもあるので、それを利用することもできるでしょう。これは技術の進歩でもあり、よい手法の共有化が進んでいるためでしょう。
 一部の能力あった人だけでなく、だれものが長文を書いたり、アイディアをまとめることができるようになってきました。おかげで、私のような凡才でも、長文が書けるようになってきたのです。世間にとってはの駄文の長文で迷惑でしょうが。


Letter■ 終わりなきもの・悔いのない日々を

・有効利用・
大学は後期の授業終わり、
定期試験のシーズンとなっています。
そしていよいよ入試がはじまります。
教員は、いろいろ校務は続くのですが、
講義が終わると、時間に余裕はできます。
まとまった時間とれるので、
研究をすすめる重要な時期となります。
私もこの時期にしたいことがあり、
有効に使ってきたいと考えています。
その研究のまとめには、腹稿が不可欠になります。
利用させてもらっています。

・野外調査中・
このエッセイは、実はかなり前に書いて
予約発送の手続きをしています。
それは、1月下旬に九州に野外調査に出かけるためです。
昨年のゴールデンウィークに熊本を中心に
調査に出かける予定でしたが、
熊本地震のために、中止にしたものです。
今年度になんとか行くべきてだったのですが、
時間がとれずに、この期間にぎりぎり行くことになりました。
そのため、事前に書いて発行しています。


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