地球のつぶやき
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Essay■ 138 眼の識別と表現:踊るスピネル
Letter ■ symplectite・多忙につき


(2013.07.01)
 私たちにとって眼は、日々、非常に重要な役割を持っています。そもそも眼が使えないと大きな不自由が生じ、多くの人は生活できなくなるでしょう。今回は、眼の持っている能力とそれをどの程度活かしているのかについて考えていきましょう。


Essay■ 138 眼の識別と表現:踊るスピネル

 人にとって眼は非常に重要なものです。人だけでなく陸上の生物にとっても重要な器官で、眼が生存戦略において重要な役割を担っています。生物が、光を認識し、識別する能力を持つにいたった経緯は、必ずしもよくわかっていません。そして、知能が、その能力を活かしきることも、なかなか困難なようです。
 「カンブリア大爆発」と呼ばれる生物進においては、眼の発達が重要な役割を果たしたという「光スイッチ」という説があります。捕食は獲物と見つけ捉えるの眼が役立ちます。一方、被捕食者も、捕食者をいち早く察知し逃れるために、眼は有効な器官なります。
 「光スイッチ」説は、眼の進化における役割を説明しています。しかし、眼の誕生については、説明していないようにみえます。「眼ありき」であれば進化の説明が可能ですが、多くの種(捕食者や非捕食者など)に眼ができるのは、どういう要因でしょうか。一つの種から、あるいは動物共通の器官が特殊化していけば理解できるのですが、本当はどうなんでしょうか。現在のところ、無脊椎動は皮膚の細胞が、脊椎動物では脳の細胞が、眼にへと変化してきたとされているようです。
 なぜ、眼ができたのでしょう。植物では光合成をするために、光の当たる場所を見つけることが、生存や繁栄に大きな差を生じます。葉緑体や光合成の器官が新たな進化をして、眼という器官が生まれたのなら理解できます。葉緑体のような仕組みを事前にもっていれば、光への受容器への変化は理解できます。生物種ごとに、多様な由来をもつ眼があります。動物において、光に対してどのような必然性があったのでしょうか。なんの前触れもなく、いろいろな生物種に眼ができるのは腑に落ちません。眼は複雑すぎるので、自然にできるのが不思議だと、ダーウィンは考えていました。私も同感です。
 由来に次いで、人の眼の能力について考えていきましょう。人の眼は、単にものや形を見分けるだけでなく、もっと高度な能力をもっています。例えば、明るい時と暗い時には違う受容器を用いて、対応しています。明るい時には、錐体(すいたい)という受容器が働き、色に対して非常に高分解能を持っています。暗い時には、桿体(かんたい)が働き、高感度で少ない光を捉えます。
 人が知覚できる光を可視光といいますが、波長の範囲は380〜780 nmです。人が識別できるもっとも感度のよいところでは、2 nm程度も離れた波長であれば区別できます。したがって、人の目は、約150種の色(色相や色調とも呼ばれます)が区別できることになります。さらに、それぞれの波長の色に対して、鮮やかさ(彩度や飽和度と呼ばれます)や明るさの差を区別できます。
 つまりは、人は膨大な色の区別できるのです。
 150色×(彩度の見分けられる段階)×(明るさの見分けられる段階)
の色を、眼は見分けているはずです。コンピュータでは、24ビットで表現できる色を「トゥルーカラー」と呼んでいますが、1600万色ほどを表現できます。そして、人の眼はこれを、見分けることができるわけです。
 このような光の識別能力は、人が生きていくため、生存競争において有利に働いたために生まれたはずです。どのように働いていたかは、詳しくは知りません。
 ところで、脳はこのような光の識別の能力を生かしているのでしょうか。
 現代を生きる人にとって、視覚は非常に重要です。高速で動くものや色で識別すべきこと、大量の文字情報も身の回りにあふれています。それを眼がすべて識別して、脳が情報処理をしています。
 文字情報は、限りある文字(漢字はかなり多いですが)を区別すればいいですし、そのような教育も受けてきました。しかし、上の述べた色の名称や色に関する語彙は多くありません。さらに、運動、行動、動作など動きに関する表現はもっと少ないです。ソムリエがワインの味を表現する時のように、動きを表すことももあまりも少なく得意でもなさそうです。
 実は、私が感動した動きに関する表現があります。金沢大学の石渡明(現在は東北大学)が、ある科学雑誌に、「踊るスピネル」という表現を用いられたことがありました。「踊るスピネル」とは、岩石学者ならだれもが見たことのある岩石の組織の一つのシンプレクタイト(symplectite)を表現したものです。
 シンプレクタイトは、冶金や材料工学などの分野でも使われています。地質学では、地下深部で安定にあった結晶が、地表に持ち上げられた時には不安定になり、もとの結晶の外形を残して(仮晶といいます)、他のいくつかの鉱物に変わってしまったものをいいます。多くは、高温高圧で安定であった結晶が、全体の形態と全体の化学組成をほぼ維持しながら、溶けることなく固相反応として別の結晶に変わったものです。2つか数種の結晶になるのですが、固体のままの反応なので、元素の移動距離が最小になるように、小さい結晶が入り組んだ状態になります。
 規則性がありそうなのに、不規則な形態となっています。元の結晶形と化学組成、そしてできる結晶の性質に大きく左右された形態になります。そしてあるとき、「踊るスピネル」が生まれます。
 石渡さんが見たのは、カンラン岩の中にあった、もともとはガーネット(ざくろ石)が、シンプレクタイトに変わったものです。ガーネットが、別のいくつかの鉱物(クロムスピネルや単斜輝石、斜方輝石)に変わってしまったもので、その中にあったスピネルが踊っているように見えたのです。石渡さんは「アラビア文字あるいは草書体の漢字のような複雑な形のクロムスピネル」とも表現されています。
 赤みを帯びた黒いスピネル、小さなニョロニョロしたスピネルが、石渡さんには「踊っている」ように見えたのでしょう。私は、この表現をみて、スピネルの形態がすぐに頭に思い浮かびました。以前私が見たシンプレクタイトと似ていたので、この表現が腑に落ちたのでしょう。動き、あるいは形態の新たな表現は、新しい言葉をつくるのは難しいでしょう。地質学者にとって、ソムリエのような既存の言葉を駆使して豊かな表現をすることも難しいでしょう。あるとき、腑に落ちる表現に出逢うと、その言葉は強く心に残ります。


Letter■ symplectite・多忙につき

・symplectite・
「踊るスピネル」を見たい方は
symplectite
で画像検索をしてください。
いろいろな結晶のダンスがみることができます。
岩石を顕微鏡で見た微細な世界での様子ですが、
こんな躍動した結晶もあるということ
ひいては自然界の不思議さが見えてきます。

・多忙につき・
今年は、校務がいろいろあって忙しいです。
一つの校務だけでなく、
いくつかの校務が重なっている時期が
6、7月にあり、つらいです。
そして7月中旬締め切りの論文も抱えています。
こなせるでしょうが。
特の論文は、6月上旬以降ストップしています。
まだ、初稿ができていません。
新たに考えながら、
書き足さなければならないところがいくつかあります。
愚痴言っても進まないので、
隙間時間をみて、やるしかないのでしょう。
辛い日々が7月も続きそうです。


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