地球のつぶやき
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Essay■ 130 定義をゆらす:ウイルスから学ぶ
Letter ■ ドメイン・期待


(2012.11.01)
  「生物と無生物の間」という有名な本がありました。このエッセイでは、ウイルスに用いています。生物とも無生物ともいえない存在であるためです。本来であれば、生物として扱うべきなのですが、定義にあわないので、このよな扱いを受けています。あまり注目されていませんが、その定義を揺るがす発見がありました。


Essay■ 130 定義をゆらす:ウイルスから学ぶ

 ひっそりとした行為のなかに、後々大きな反響、あるいは結果を及ぼすことがあります。行為をする人が、有名人、著名人、権威者であれば、本人は広報することがなくても、重要性を周りの人々がくみとって広げてくれます。もし、無名の人であれば、その結果はなかなか広がりませんし、まして本人が広報する努力をしなければ、成果の意味する重要性もなかなか広がらず、忘れ去られることもあります。
  そんな広報をしない職種として、研究者があるかもしれません。一部の研究者には広報の努力する人もいますが、多くの研究者は、広報する時間があれば、研究をしたいと考えるでしょう。それに、研究者の中でメディアへの登場が好きな人は、ほんのひとにぎりに過ぎません。研究者は、研究をするという職業を選んだ人たちですから。
  その例にあたるかどうかわかりませんが、2012年8月24日に、ナシャーと共同研究者たち(Arshan Nasir, Kyung Mo Kim and Gustavo Caetano-Anolles)が、「BMC Evolutionary Biology(BMC進化生物学)」という雑誌に、論文を報告をしました。BMC Evolutionary Biologyという雑誌は、生物医学研究論文を無料で公開するサイトです。
  論文のタイトルは、
"Giant viruses coexisted with the cellular ancestors and represent a distinct supergroup along with superkingdoms Archaea, Bacteria and Eukarya"
というものでした。
  訳すと、「巨大ウイルスは細胞を持つ祖先と共存していて、古細菌、細菌、真核生物などのグループとともに一つの別のグループをなしていた」となります。あまりピンとこない、地味でアピールの少ないタイトルです。研究者には、このような淡々とした、奇をてらわない、地味なタイトルを好む人も結構います。彼らもそのようなタイプに見えます。
  この論文の核心は、ウイルスがすべての生物と共通の祖先から進化してきたということです。私は、論文の意味するところは、重要だと思っています。なぜなら、ウイルスは生物に属することになるからです。しかし、この重要性あまり伝わっているように思えないので、このエッセイで紹介することにしました。
  今まで生物の分類には、3つのドメインがあったのですが、ウイルスもひとつのドメインとして加える必要ができたのです。それに加えて、生物の定義の変更も迫ることになります。
  今まで生物学では、ウイルスは「生物ではない」という扱いをしてきました。ウイルスは無生物でもないので、「生物と無生物の間」という曖昧な扱いをしてきました。もし、この論文が本当なら、生物とウイルスは同源、あるいは系統関係があることにあります。ウイルスは生物の一員とすべきだ、という根拠になるわけです。
  そもそもウイルスをなぜ生物にしてこなかったのかというと、ウイスルは、生物の定義からあまりに逸脱するからです。もし、ウイルスを生物にいれると、生物の定義自体を変更しなければなりません。大多数の生物の生物を特徴付ける「代謝機能」をはずさなければなりません。だからウイルスを生物にいれたくないという主張も理解できます。
  今回の報告が本当なら、生物の定義は、「代謝機能」は生物の必要条件でなりくなります。生物の定義は、個体、増殖、進化という3つのキーワードで済むことになります。生物の特徴として代謝をはずしていいのかどうか、重要な問題です。
  そもそも定義とは、事物を規定することです。論理や数学の世界では、定義ありきです。定義は、動かし難いもので、定義の上に学問体系がなりたっているともいえます。
  一方、自然科学は、事物ありきです。実体が優先すべきです。その事物を記述し、分類するために定義が生まれました。その後発見された未知のもの、未記載のものが、定義に基づき、分類体系に組み込まれていきます。しかし、自然界は人の思惑どおりにふるまうとは限りません。定義からはずれるものは、分類体系や定義に変更を求める存在になります。そんな存在に背を向けていては、学問の発展はありません。なんとか組み入れる努力が必要になります。
  今回の論文は、生物の定義自体の改定を迫ることになるはずです。これは生物学における発展の好機と捉え、真摯に対処すべきでしょう。
  生物の定義は、不完全であることを受け入れればいいのです。従来の生物もウイルスも同じ生物と扱えばいいのです。そしていっそのこと、もっと拡大のできる生物の定義を目指そうではありませんか。そもそも生物と何か、その答えが定義のはずです。
  生物の定義の完成のためには、多くの生物学者の知恵を集めなければならないでしょう。そして、生物とは何かを、生物の本質を再度問いなおすことになるはずです。
  まずは、実在する生物にあわせて特徴を記述し、そして生物らしく振る舞うのであればすべて生物学の対象と素直に考えればいいのではないでしょうか。ただし、鉱物の定義にも適用されていますが、明らかに人工的なものは除くことになるでしょう。そのすることでロボットやコンピュータ内の生物のようなものは排除できます。
  ただしそこにも、大きな問題が潜みます。この際倫理問題は考えないことにして、人工生物は除外するとして、人の生物への関与の程度を、どこまで許容するかです。クローン、遺伝子組み換えされたもの、大きく遺伝子操作されたもの、人以外のiPS化された細胞による生物、絶滅の生物のクローン・・・・。ここで示した幾つかは、すでに実用化されています。どこまでを生物の範囲とするのでしょうか。実在できればすべて生物に入れることも、どこかで線を引くこともできるでしょう。
  でも、せっかくですから、定義は汎用性のあるものにすべきです。そうすることによって、思わぬ福音が生じます。ウイルスルだけでなく、「ナノサイズの生物」、「あやしい生物」、「地球外生物」など、今後見つかるであろう生物に対しても、定義を「ゆらす」ことによって、生物の範疇として扱える可能性があるからです。
  現状の生物学は、じつは「地球生物学」です。当たり前のことですが、私たちは地球の生物しか知りません。他の天体の生物はまだ確認されていないですから、しかたがないのかもしれませんが、ウイルスの存在すら分類体系に組み入れられない「地球生物」が他の天体の生物を想像することはできません。定義を堅持するということは、そういうことです。どんな生物にも適用できる「汎宇宙生物学」になるような生物の定義にできればいいと思います。
  今後この論文の意義がどう変化するかわかりませんが、私には、地球生物学の適用性を拡大するいいチャンスだと思っています。
  ここで考えていた情報は、現段階のものです。ご存知のように、現在、火星でキュリオシティが生物の痕跡を探査しています。もしかすると、明日、生物の痕跡を発見するかもしれません。そうなれば、ここで展開してきた議論は、すぐに現実のものになるでしょう。もし、火星生物に、ウイルスのようなタイプも含まれていたら、生物学者はどうするでしょうか。今までどおり、「生物と無生物の間」などという言葉遊びではすまなくなります。現実の地球生物学にどう組み入れるかが、すぐに問われることになります。今回のウイルスの組み入れはいい教訓となるはずです。真摯に対処していくべきたと思います。そんな意味でも、重要な論文といえます。


Letter■ ドメイン・期待

・ドメイン・
ドメインは、現在、真核生物、真正細菌、古細菌の3つがあります。
以前は、モネラ、原生生物、菌、植物、動物界の
5界分類がなされていました。
1990年ころに、古細菌の遺伝子寄る系統解析によって
分類は、従来の界以上の違いがあることがわかり
界の上の分類体系としてドメインが導入されています。
今回、新しいドメインとして、
ウイルスが区分されるかもしれないのです。
ウイルスは以前からその存在や特徴は知られていました。
ですから新発見の生物ではなく、
大きな定義の改変を認めるかどうかの問題となりそうです。

・期待・
この論文の著者らが
どのようなタイプの研究者は知りません。
しかし、タイトルの付け方や
論文の書き方をみると、
広報が得意にはみえません。
ですから、重要な成果であるのに、
なかなかその意義が十分伝わらないかもしれません。
しかし、心ある人は、きっと注目しているはずです。
今後も彼らには、この周辺の研究を充実されることを望みます。
そして少しのアピールも。


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