地球のつぶやき
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Essay■ 127 ニッポニテス:生命の内在力
Letter ■ 矢部長克・アンモーンの角


(2012.08.01)
  近くの博物館で、アンモナイトの特別展がおこなわれています。できれば、見学にきいきたのですが、いく時間があるのでしょうか。博物館の化石のコーナーではおなじみのアンモナイト。今回は、異常巻きアンモナイトについてです。異端から生命の内在力に至る話題です。


Essay■ 127 ニッポニテス:生命の内在力

 多数のものが、ある特性を持っていると、そこに多数派が形成されます。多数派とは違った特性を持ったものは、少数派としての扱いだけでなく、特異なもの、異分子、異端あつかいされることがよくあります。少数派は、異端とみなされると、多数派から阻害、除外、差別され、冷たい扱いを受けることがよくあります。
  でも、そんな異端が時には、重要な発見の鍵となったり、真相を教えてくれることもあります。そんな例として「異常巻きアンモナイト」を紹介しましょう。ここには、二重の異端が埋もれていました。
  1878(明治11)年、東京に生まれた矢部長克(やべ ひさかつ)少年は、小さい頃から化石が好きで、化石採取に熱中していました。その後、東大に入学し、化石の研究へとのめり込みます。東大の学部と大学院在学中にも、いろいろな化石を発見していて、北海道や北上、四国などのアンモナイト化石に関する論文を発表しています。
  1904(明治37)年、大学院生の時に、北海道の白亜紀後期の地層から発見されたアンモナイトの化石を記載しました。その中のひとつとして、不思議なアンモナイトの化石がありました。それが、今回取り上げる「異常巻きアンモナイト」でした。学名はニッポニテス(Nipponites mirabilis Yabe)と名付けられました。
  アンモナイトは、古生代から中生代の代表的な生き物です。巻貝に似た殻を持ちますが、貝の仲間ではなく、頭足類です。頭足類とは、タコやイカの仲間です。現在も生きているオームガイと同様にアンモナイトも、巻貝の形をした殻を持っているのが特徴です。ところが、白亜期末にあったK-Pg境界の異変で絶滅してしまい、今では見られません。
  アンモナイトは、巻いた殻を持っていますが、巻貝と違うのは、殻の中に、隔壁とよばれている仕切りが多数あることです。アンモナイトの体は一番外側の部屋に住んでいて、奥のほうは仕切りで空洞のままになっています。この隔壁の存在が、巻貝とは構造上の大きな違いとなっています。
  隔壁は、アンモナイトの成長とともに外に向かって増えていきます。古い殻を隔壁で区切り、そこに空気をためて、浮力を生み出していたと考えられています。浮力によって、殻が大きくなっても海中で移動でき、生活することができたようです。直径が2mに達するような巨大なアンモナイトも見つかっています。
  アンモナイトの本体(体の軟体部)の部分は、ほとんど化石として見つかっていません。吸盤があったらしいことはわかっていますが、足が何本あったのかもわかっていません。想像図では、タコやオームガイのような姿をとして描かれているのをみますが、本当のところはまだわかっていません。
  さて、「異常巻き」のアンモナイト、ニッポニテスです。
  論文には、発見された化石のスケッチがついているのですが、ニッポニテスの不思議な巻き方を言葉で説明するのは難しいのですが、やっていきましょう。
  化石は、全体としてサイコロのような塊になっています。ほぼ全体の殻がそろっていますが、いくつか欠けているところがあり、口のところも欠落しています。スケッチでは、なんといってもアンモナイトにも巻貝にも見られない巻き方が目につきます。殻は曲がりくねっています。殻の巻があちこちに曲がっていますが、全体として立方体におさまっているので、規則性らしきものありそうにも見えます。
  矢部が発見したニッポニテスの化石は、ひとつだけでした。ニッポニテスは他のアンモナイトと比べてあまりに「異常」でした。しかし、矢部は、その巻き方に規則性があり、アンモナイトの多様性のひとつではないかと考えていました。丁寧にスケッチしながら、そんなことを考えていたのかも知れません。
  化石(個体数)が1個だけなので、当時の地質学者は、「異端」とみなしました。あまりにアンモナイトの「多数派」から逸脱しているからです。ニッポニテスは、奇形の生物で、本来なら化石にならないほど稀なものであったのが、たまたま見つかったものと考えられていました。
  その後、1926年に同じ巻き方の化石が見つかったことから、「ある個体」だけの奇形ではなく、「種」として存在していたことが認識されました。それでも、当時の地質学者は、アンモナイトの系統の終わりに当る時代(K-Pg境界の時代)にみつかっていたので、進化の末期の奇形で、終わりを象徴するようなものであると考えられていました。当時、K-Pgの大絶滅は隕石説ではなく、地球内の何らかの原因、進化の袋小路に至ったせいとも考えられていました。つまり、一つの個体の異常から、種の異常に変わっただけで、「異常巻アンモナイト」という認識は残っていました。やはり多数派と違うことのハンディは、なかなか消えないようです。
  その後、いろいろな化石も見つかってきたこと、K-Pg大絶滅の隕石説の有力化などから、「異端」ではないことがわかってきました。
  その一つの突破口は、殻のある形成メカニズムが働くことで、このような形がつくることができることがわかってきたことです。海中に浮かんだ状態で、殻の入り口の向きが一定の範囲に収まるように成長させる、というシミュレーションがなされました。すると、成長の条件を変化させなければ通常の巻き方になり、成長の方向をふることで、いろいろな巻き方ができることがわかりました。左右に規則的に成長方向をふることで、ワインのコルク抜きのような開いて伸びた巻ができることもあります。ニッポニテスは、水平、右、左へと巻きの向きを環境にあわせてかえていったようです。コンピュータのシミュレーションで巻き方が再現されています。
  どんな環境あるいは条件が、ニッポニテスを選んだのかは、まだよくわかっていません。他の生物との共生関係、あるいは浮遊に特化していたとかの仮説はありますが、検証はまだなされていません。
  条件の範囲で変化するか、しないかが、見た目の異常と正常を分けることがわかりました。さらに、異常にみえる巻き方にも、同じ規則性がひそんでいることもわかってきました。その規則性こそが、アンモナイトの殻の成長の原理ではないかということが次第にわかってきたのです。アンモナイトは、住む環境によって、一定の成長条件を多様化することで、いろいろな場所に適応してきたのではないかということです。
  この考え方は、アンモナイトだけの原理ではなく、他の貝類、あるいは他の生物全般にも適用できるかもしません。生物には、自分の体の仕組みや体制が決めている原理をもっているようです。その原理はその種の多様性の源となり、環境や条件が変化すれば、許された範囲で自由に変動可能であるということです。その変動が、種としての多様性を生み、適応性を育むと考えられます。たとえ、人には異常にみえても、生物種として繁栄可能なのです。
  「異常巻き」アンモナイトは、成長の規則性の奥行きを悟らせてくれました。そして、「異端」に見えることに中に、原理や原則が隠されていることも教えくれました。
  矢部は、論文の中で「This formation of several U-shaped curves must be ascribed to the inherent power of the animal(いくつかのU字のカーブの形成は、動物に内在している力に由来するはずである)」と述べています。見たことのない特徴でも、特異性や異常性ではなく、生物には内在された力(inherent power)があるはずと看破しています。そんな生命力ともいうべき内在力を、人間の認識不足、浅見さによって、「異端」とするのは間違いであることを「異常巻き」アンモナイトは教えてくれました。
  そんな自然の教えを素直に聞くことができた矢部は、生命の内在力を信じられたのでしょう。私には、矢部の研究姿勢が、自然から学ぶべきこと、学ぶべき方法を気づかせてくれました。「異常巻き」は、生物がもっている多様性に過ぎないこと、生物の内在力だと見抜いた矢部、二重の絡み合った巻き方が見えました。


Letter■ 矢部長克・アンモーンの角

・矢部長克・
矢部長克は大学院を終了後、東大講師として、
地質学者の道を歩みました。
最初は北海道の石狩炭田で地層の研究をしていたのですが、
東北大学設立準備として、ヨーロッパに留学して、
1911年東北大学教授に任じられ、
1912年に帰国して東北大学で教鞭をとります。
その後も地質学のさまざまな成果をあげて、
学問の進歩に貢献されました。

・アンモーンの角・
アンモナイトはギリシアのアンモーンに
その名称は由来しています。
アンモーンは羊の角をもった神です。
その神話に基づいて、
「アンモーンの角」というものが古代地中海にはありました。
「アンモーンの角」とは、今でいうアンモナイトの化石でした。
ただし、羊の角は「異常巻き」アンモナイトになり
多数派のアンモナイト化石は違っていました。
でも、もしかすると最初の発見者は異常巻きアンモナイトを
見つけていたのかも知れませんね。


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