地球のつぶやき
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Essay■ 126 Walker Feedback:無意識のフィードバック
Letter ■ パラドクス・快晴の贈り物


(2012.07.01)
  研究には、なんども繰り返し作業をしてデータを得るものが、たくさんあります。なかには、適切な結果を得るまで、何度も繰り返さなければならない実験もあります。実験の操作や初期値の選定、結果の取捨選択を繰り返すうちに、無意識のフォードバック効果が働くことはないでしょうか。


Essay■ 126 Walker Feedback:無意識のフィードバック

 世の中の事象は、単独で存在、挙動するものばかりではありません。多くの事象は、別の事象となんらかの相互作用をもちながら存在し、挙動します。人の振る舞いも、もちろん例外ではありません。相互作用に埋もれていることが、世の常ではないでしょうか。
  事象の相互作用のなかに、いろいろな一般則が見出されています。物理や化学の現象のように、一義的に記述できる法則や原理となるような相互作用もあります。一方、そう単純にいかないものも多々あります。自然現象にも、法則化できないものが、いろいろあることが知られています。また、私たちが暮らす社会も複雑なので、一義的な一般則が適用できません。単に多いや少ない、増加や減少の傾向がみられる程度のゆるい相互作用も多々あります。
  複雑さを増す要因として、相互作用において、結果が再び原因に影響をおよぼすことがあります。
  ある系を考えましょう。系とは、相互に影響を及ぼしあう要素から構成される、仕組みの総体のことです。その系に、何らかの刺激(入力という)を与えたとしましょう。そのとき、系はなんらかの反応(出力という)を示すはずです。この反応が、次の刺激に影響を与えることがあります。このような場合を、フィードバック(feedback)といいます。
  フィードバックを繰り返すと、反応が強くなる場合と弱くなる場合があります。強くなる場合を「正のフィードバック」(possitive feedback)、弱くなる場合を「負のフィードバック」(negative feedback)といいます。
  フィードバックには、最初の刺激(初期値)の違いが、のちのち大きな違いへと変貌したり(初期値の鋭敏性))、影響が拡大や縮小はしているのですがどこか似たパターンを繰り返すこと(自己相似)があります。これらは、カオスやフラクタルなど、複雑系と呼ばれる反応で、相互作用にはよく起こることも知られています。天気や気象現象には、カオスがあることがわかっています。
  もしカオスのような複雑系の反応が、知らないうちに系にまぎれこんでいると、長い時間経過すると、予測不能な部分も内在されることになります。そんな長期予測は、間違いを含んでいることが、認識されていない状態で提示されることもありえます。
  このようなフィードバックの作用は、いろいろな分野で見つかっています。
  1981年、ウォーカーたち(J. C. G. Walker, P. B. Hays and J. F. Kasting)は、負のフィードバックを見つけたという論文を書きました。タイトルは「A negative feedback mechanism for the long-term stabilization of the Earth's surface temperature」(地球表層温度における長期安定性のための負のフィードバック機構)というものでした。内容は、二酸化炭素と気候変動のフィードバックの関係を調べたものです。
  この論文は、セーガンとミューレン(Sagan and Mullen)が1972年にサイエンス誌に発表した、「暗い太陽のパラドクス」(faint young Sun paradox)という問題提起に対する、一つの答えを提供するものでした。
  「暗い太陽のパラドクス」とは、太陽光度に関するパラドクスでした。恒星における核融合理論によれば、太陽は昔ほど暗かったことになることがわかっていました。地球が誕生した頃は、今の75 %ほどの明るさしかなかったと見積もられています。その論理が正しければ、誕生からしばらくの間、地球の平均気温は、氷点下になっていたことになります。ところが、地質学のデータからは、38億年前以降、地表は氷点下になることなく、常に液体の水である海が存在していたという証拠がみつかっています。この矛盾を「暗い太陽のパラドクス」とよんでいました。
  このパラドクスは、核融合理論は間違っていて過去の太陽は実際には暗くなかった、あるいは地球の太陽光の反射率(アルベドといい太陽光を反射する能力で高いと地球は温まりにくい)が時間的に増大してきた、または地球の大気組成が時間的に変化してきて温室効果で解消してきた、などの可能性が考えられてきました。
  一般的な答えとして、今では、多くの研究者が支持しているのは、最後の大気組成の変化です。地球の表層の温度を保つために、大気組成が変化してきたというものです。地表の温度を一定に保つために、大気組成を都合よく変化させるには、偶然に頼るわけにはいきません。なんらかの必然性のある仕組みが必要なります。そのメカニズムを示したのが、ウォーカーたちの論文でした。
  ウォーカーたちは、負のフィードバックでパラドクスを説明しました。太陽の明るさが時代とともに増えるにともなって、地球の気温は上がります。気温が上がると、風化が進んできます。
  ここが少し難しいところなのですが、気温上昇があると、鉱物(正確には珪酸塩鉱物)が風化して、炭酸塩鉱物が沈殿します。この風化作用の程度は、気温に依存しているとされています。炭酸塩鉱物は、陽イオンと陰イオンの結合によってできます。陽イオン(カルシウムやマグネシウムのイオン)は、陸地の珪酸塩鉱物の風化から河川での海へ供給されます。陰イオンである炭酸は、大気中の二酸化炭素が海水に溶存することで絶えず供給されます。つまり風化が進むと、大気中の二酸化炭素が、堆積物となり除去されていいきます。その結果、大気中の二酸化炭素濃度が減少することになります。大気中の温室効果を担っている二酸化炭素が減っていくことで、気温が低くなります。これがウォーカーたちの負のフィードバックの概要です。
  太陽の明るさの増加によって、地球の気温がいったんは上昇するのですが、時間がたてば、負のフィードバックが働いで、気温低下が起こるというものです。この負のフィードバックを、シミュレーションによって一つの答えを出したのがウォーカたちの報告でした。その業績にちなんで、この気候変動のメカニズムを、ウォーカー・フィードバック(Walker feedback)と呼ぶことがあります。
  ウォーカー・フィードバックは、短時間の変化ではなく、地質学的プロセスが組み込まれているので、長い時間をかけて起こるものです。現在では多くの研究成果があり、より精緻なウォーカー・フィードバックのシミュレーションがなされています。
  でも、このフィードバックは、気候の予測でもあります。そこには、カオスあるいは複雑系が紛れ込んでいる可能性があります。また、初期値を少し調整すれば、大きな変化を伴う結果が出てくることもあるでしょう。例えば、鉱物の風化や炭酸塩の沈殿の組み合わせ、スピードはいろいろ変動可能です。それを上手く調整すれば、もしかすると、希望のデータが得られるかも知れません。もちろん、現在のシミュレーションでは、そのような場合への配慮がなされていることでしょう。
  実はもっと問題なのは、シミュレーションを操作する研究者の介在ではないでしょうか。研究成果を生むこために、何度も繰り返しシミュレーションをしていきます。そして研究者であれば、誰もが望む結果を得たいはずです。それが論文につながるわけです。そのとき、次の実験のためのデータの取捨選択、初期値の選定などの意思決定の際に、無意識な作為が紛れ込むことないでしょうか。人の意志の中に、フィードバック効果が含まれていないでしょうか。もしあったとしたら、研究を進めれば進めるほど、意図するところに向かっていってしまうことになるかもしれません。取り除くことのできない無意識のフィードバックは、人の行為すべてに混入しうるものではないでしょうか。この無意識のフィードバックは、希望を叶えるための原動力にもなりえます。一方、間違いを生む原因となります。これらは、切り離せない表裏一体の関係なのかもしれませんね。


Letter■ パラドクス・快晴の贈り物

・パラドクス・
科学は、客観的になされるべきですし、
科学者たるもの、常にそれを心がけています。
科学者も人間ですから、
期待する成果があり、
それを目標に研究をすすめます。
目標に向けて努力すればするほど、
目標達成に近づいていきます。
この努力なくして目標達成はありえません。
しかし、そこにフィードバック効果があったとしたら、
成果の客観性が保たれません。
目標を目指せば目指すほど
客観性が薄れることが起こるかもしれないのです。
困ったパラドクスです。

・快晴の贈り物・
北海道は心地よい初夏の日々が続いています。
深く澄んだ青空は、
なんとも言えない心地よさがあります。
北国ならではの青空です。
冬の寒さに耐えた贈り物なのかもしれません。
休み時間に、学生たちは半袖で、
ひなたぼっこをしています。
昼休みにはサークルの演奏が
大学の真ん中にある池の特設ステージで
毎日演奏されます。
少々騒がしいですが、
学生たちは演奏をひなたぼっこをしながら、
楽しんでいます。


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