地球のつぶやき
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Essay■98 一部から全体へ:化石へのバイアスの混入
Letter■ 悟れる日・開き直った気分


(2010.03.01)
  化石は、過去の生物や環境を探る上で重要な手がかりです。化石から、過去の生物の情報が読み取れるはずです。しかし、化石は過去の生物の「一部」にすぎません。一部から生物の個体「全体」を想像するわけです。一部になるときバイアスがかかっていると、全体に歪みが生じます。そんなバイアスについて考えていきましょう。


Essay■98 一部から全体へ:化石へのバイアスの混入

 以前の私は、野外調査をしていても、非常に専門に特化した研究をしていました。化石には興味もなく、そもそも化石が出るような地層ではなく、火成岩や変成岩を中心に調査をしていました。その後も、化石を採集したり、研究することもしていません。ただ、化石への興味が最近高まっていいます。
  きっかけは、市民の化石への興味の強さでした。以前勤務していた博物館では、観察会や講座を開催し、化石の産地に子供たちを連れて行くことがよくありました。露頭では、子供たちは、化石が採れるとなると喜びをします。大人も、ついつい興をそそられて採取をはじめ、最後には子供が飽きても大人が採取を続けているという光景を何度も見かけました。化石には、多くの人の興味をそそる何かがあるようです。
  現在も私は、化石を研究しているわけではありませんが、化石のでき方、化石が持つ地質学における意義、化石からどのような情報がいかにして読み取られるのかなどという、化石の本質ともいうべきテーマは気になっています。ですから、化石の本質に関する情報を気にしています。
  そもそも化石とは、昔の生物の体の一部や個体そのものが残ったものです。また、生物がなにかした跡、たとえば移動、住居、排泄などの生活していることによってできたなんらかの痕跡(生活痕)も化石とされています。
  これらの化石から得られた情報に基づいて、生物の系統や進化が構築されています。ですから、生物の歴史を語る上で化石はなくてはならない証拠となっています。特に保存のよいものは、過去の生物の情報だけでなく、その生物がすんでいた場所や環境の情報も与えてくれます。
  化石は時代を遡るにつれて減っていきます。それは、長い時間を大地の中で過ごすということは、喪失の危険性にさらされていることになります。さらに、古い時代の生物ほど、単純な体性であるため、化石になりにくいという条件も重なります。
  多くの化石が見つかりだすのは、カンブリア紀前後からです。ただし、カンブリア紀でも一部地域の保存のよい限られた化石によって、重要な情報を読み取るしかありません。では、その保存のよい化石は、当時の生物の情報を完全に保存しているのでしょうか。
  化石とは、字のごとく、石です。もちろん特殊な場合として、有機物を含む軟体部を残した化石が見つかることがあります。それは例外であって、まして古い時代にはそのような化石はありません。化石とは、一般に石化した生物の痕跡なわけです。もちろんカンブリア紀の保存のよい化石も石化しています。
  骨や歯、貝殻などの硬質のもの、あるいは種や花粉などの分解や腐敗に比較的耐えやすい部位で分類ができるようなものであればいいのですが、生物の初期のころ、カンブリア紀直前や古生代の初期の生物には、そのようなものがまだ形成されていませんす。ですから、軟体部が印象(形態が母岩にスタンプのように残っているもの)や、一部が石化して残っているにすぎません。いってみれば、非常に限られた情報しか見ていないわけです。
  古い化石では、生物を構成した生体物質はほとんど残ってなく、その形態や形質のみが手がかりとなっています。たとえ一部分であったとしても化石は、生物の進化を考える場合、重要な手がかりになります。いや、それしか情報はないのです。
  化石には、いくつかの不安が残ります。化石は、個体のすべてではなく、一部にすぎないということに起因します。一部から全体を類推するとき、その一部がどのような一部であるかが特定できないと、系統的なバイアスがかかることがあるからです。
  たとえば、大きな個体、種ほど化石に残りやすいという傾向(過程の本当ではありません)があったとしましょう。化石だけから昔の生物を見ると、昔の生物は小さいものより大きな生物が多くいたかのように見えてしまいます。そのような傾向を事前に知っていれば、間違った過去の様子を補正はできるかもしれませんが、知らなければ一部から構築した全体像は偏ったものになります。
  化石は、主として堆積岩の中で石化したものが産出します。石化するには、長い時間がかかります。堆積岩も、もともとは水をたくさん含む堆積物です。石化する前には、有機物などの軟体部の腐敗が起こっていきます。体の部位で、どのような順番で腐敗が起こるのかが問題です。部位によって腐敗には順番があるのか、それともばらばらに起こるかという点です。これが上で述べた一部から全体への不安の生み出しているものです。
  腐敗が組織や部位に関係なく、ばらばらに起こっているのなら、化石のデータも、統計的にランダムなものとして処理可能です。ところが、腐敗に系統的な順番や傾向があるとすれば、どちらかの方向に情報がシフトしているかもしれません。もしそうなら、私たちは知らないうちに、バイアスのかかった偏った部分の情報から、全体を類推して、系統図を構築しているのかもしれないのです。それは、真ではない歪んだ系統図です。
  そのような疑問を解決するために、イギリスのレスター大学のサンソン(R. S. Sanson)たちは、化石化作用(taphonomyといいます)に関する実験をおこないました。その結果は、Natureの2010年2月11日号に掲載されました。
  実験は、実際の生物を腐敗させ、時間とともにどのようなところが腐敗していくかを調べていくものです。2種の動物を使っています。ナメクジウオ(学名Branchiostoma lanceolatum)とアンモシーテス(学名Lampetra juviatilis、ヤツメウナギの幼生)です。その2種を使った意図は、脊索動物門に属していて、なおかつ両者とも形態がどことなく似ています。しかし、分類体系の門の下位の亜門のレベルで違っています。ナメクジウオは頭索動物亜門(ナメクジウオ綱ナメクジウオ目)で、アンモシーテスは脊椎動物亜門(無顎上綱頭甲綱ヤツメウナギ目)になり、かなり違った分類体系に属していることになります。系統的には、亜門を越えていますが同一系統で、ナメクジウオが共通祖先側に、ヤツメウナギがより後生側に位置しています。
  両者の分類学上重要な形質を選定して、腐敗でどのように消えていくかを調べる実験です。大量の個体を壊すことなく死体にしたあと、バクテリアによる分解がない環境で、25℃(比較のために15℃でも実験している)で最大200日間、保存して腐敗状況を調べています。時間ごとに個体を取り出し、その形質ごとの分解の程度を統計的に調べています。
  その結果、腐敗は形質によらずランダムに起こるのではなく、順序だって起こることがわかりました。その順序は、系統分類において重要となるような形質がもっとも不安定で、早く腐敗していきます。つまり後生の系統にでてきた形質がより早く分解するということです。祖先が持っていたような共通の形質は、腐敗に強いく最後まで残るのです。
  実験結果は、一般化して考えると、困ったことに、古い系統に見間違うように腐敗が進んでいくということを意味します。この実験では、2種類の動物を実験対象にしていますが、もしこのような傾向が全動物、あるいは全化石に起こっているとすると、私たちが現在もっている化石に基づいた系統図はシフトたバイアスがかかっている可能性があります。今までなされた化石による系統分類は、全体的に系統の根元方向にずれが起こっているかもしれないのです。
  このシフトが化石に起こっていることが分かったとしても、化石からそれを修正する手段は、今のところなさそうです。今後、現在の生物で、分解のスピード、順序などを調べて、なんらかの規則性が導き出されれば、補正をすればいいのかもしれません。しかし、腐敗の環境は多様でしょうし、もしかすると、今回の実験結果も、ある条件だったからそのような腐敗傾向が生じたのかもしれません。別の条件だったら、別の傾向が出てくることもあるかも知れません。これからも研究を進めなければなりませんが、サンソンは重要な指摘を実験からしたことには違いありません。
  生物が進化しているかは、小さな変化は確認できても、大きな変化(大進化)は、未だに実証しずらいテーマとなっています。大進化への重要な根拠となっているのが化石の証拠です。今回の研究によって、進化の順番は大きく変わることはないでしょうが、系統樹がかなり歪んで、古い方、先祖側にいくようにバイアスがかかっていることがわかりました。でも、バイアスを正確に取り除くことはなかなか難しいようです。化石によるものは、そのようなバイアス付系統樹であると知って使っていくしかないようです。


Letter■ 悟れる日・開き直った気分

・悟れる日・
この間、新しい年がきたと思っていたら、
もう3月になりました。
4月も目の前になりました。
4月に向けて多くの人は動き出しています。
月日の流れるのは早いものです。
組織にいると、その組織の定例の行事はこなして、
歳時記のように季節の移り変わりを感じています。
なのに、やはり時間は早く流れていきます。
そんな流れに翻弄されないように
生きていたいのですが、
まだまだ修行が足りないようで、
日々時間との格闘をしています。
悟れる日はまだまだのようです。

・開き直った気分・
4月には愛媛県に単身赴任をします。
その準備を2月からしています。
家族、職場、研究の準備は大部済ませました。
ただ、身の回りの準備がこれからです。
まあ、研究の条件さえ整っていれば、
いざとなったら、身一つだけでいき、
あとは現地で調達してもいいのですから。
そんな開き直った気分にもなります。
まあ、まだ時間があるのですが、
準備を進めていきます。


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