地球のつぶやき
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Essay■ 105 時間と物質の対比:無に宿る時間
Letter ■ チャート・里帰り


(2010.10.01)
  ものごとを分かりやすくするために、平均値を用いることがあります。しかし、平均では見えないものがあります。地層には、過去の時間が記録されています。地層の記録には、複雑な背景が隠されています。平均してしまうと、地層の真の姿が見えてきません。私は、そんな時間と物質の対比の複雑さに、興味があります。


Essay■ 105 時間と物質の対比:無に宿る時間

 私は、マグマが固まってできた火成岩、その中でも海洋底を構成していたであろう岩石群(オフィオライトと呼ばれます)を調べていました。火成岩の岩石全体(全岩といいます)や鉱物の化学組成を用いて、オフィオライトの成因や起源について研究していました。一般にオフィオライトは、変成作用を受けて、変質も風化もしています。火成作用を探るために、できるだけ変成や変質、風化の少ない(新鮮といってます)岩石の採取が、重要になります。私は、オフィオライトの岩石学的研究の後、鉛の同位体分析の開発も専門としてきました。
  オフィオライトの地質調査では、堆積岩や化石が出る層を伴うこともあります。しかし堆積岩は、分析対象になりません。ですから、堆積岩は記載して試料採取はしますが、分析対象にすることはありませんでした。
  博物館に勤務してから、子供や市民は、火成岩より、地層や化石に圧倒的な興味を持ちます。ですから、博物館の学芸員としては、そのような市民の希望にそった観察場を提供することが多くなります。幸い、私がいた県には、いろいろな時代の地層があり、化石がたくさん出るところもあったので、そこで観察会をすることがよくありました。また、神奈川県の地学図鑑とデータベースをつくるために、県内各地を堆積岩もくまなく見てまわる機会もありました。
  その結果、地層に不思議さを感じるようになり、興味も出てきました。
  今では、地層の不思議さについて考えていくことが、研究対象になっています。現在の調査は、地層がよく見られるところを選ぶようになっています。今まで、興味がなかったものが、今では興味の対象となっています。私の興味の転換も不思議ですが、これは別の機会にしましょう。
  今回は、私が感じている地層の不思議さの一端を紹介しましょう。
  まず、想像してみてください。その地層の見える崖があります。このような崖を露頭といいます。露頭には何層も重なる地層があります。向かって右に傾いている地層で、似たような層が何枚も何枚も重なっています。
  ひとつひとつの地層(単層と呼びます)の内部を詳しく見ると、それぞれ違いはありますが、共通した特徴もあります。単層内で、粒の粗い砂岩から、粒の細かい砂岩、やがて泥岩、粘土岩へと徐々に変わります。泥岩から砂岩へは明瞭な境界をもっています。そのような形状(産状といいます)から、地層の形成時の上下関係が判定できます。右側の地層が上に溜まっていったようです。それに、この露頭では、所々に化石も見えます。
  この地層の重なる露頭は、長い時間を経過して溜まったはずです。何枚もの地層ができるのには、長い時間が必要です。ですから、地層の枚数が多いほど、たくさんの時間が費やされたに違いありません。その地層にはどれくらいの時間が織り込まれているのでしょうか。どれくらいのスピードで形成されるでしょうか。それらは、科学的に検証できるのでしょうか。このようなことについて考えていきましょう。
  露頭に見えている地層だけが、本来堆積した地層のすべてではありません。露頭がなく地層が見えなくても、地下にも広く分布しているはずです。あるいは、もともとはあったものが、浸食を受けて、なくなっているはずです。なくなったものの復元は難しいですが、見えないものは地質学の手法を用いれば、推定することができます。
  まずは、その地層に適切な、地層名をつけましょう。A層としましょう。その露頭のものと似た地層が、どこにあるかを調べます。近くから地質調査をして、そのA層の分布を調べていきます。分布がわかれば、地形図の上に、地層分布図(まだ地質図ではありません)を描くことができます。
  地質調査では、A層の分布だけでなく、地層の構造(地層面の傾きと向いている方向や褶曲や断層、不整合など・・・)も、いっしょに調べていきます。A層の分布と地質構造を詳しく調査していくと、図学的な手法(地質図学と呼ばれます)によって、地層の3次元的な空間分布をかなり正確に求めることができます。
  露頭で見えている地層の厚さ(層厚といいます)は、ほんの一部です。層厚とは地層の本来の厚さで、露頭で見ている厚さは、地層が傾いていたりすると、本来の厚さとは違って見えること(見かけの層厚)があります。地層の構造が分かれば、見かけの層厚にだまされることもありません。
  地質図学の手法を用いれば、露頭がなくて見えないところでも、地下にある部分でも、本当の層厚を推定することができます。削剥を受けて、分からない層厚の部分ももちろんでてきます。しかし、現在ある証拠から現状の地層については、論理的に確実に存在する層厚(最小限の層厚)を見積もることはできます。
  A地層の厚さは100mだ、ということがわかりました。幸い、すべての単層を確認できたとしましょう。単層は数えると、100枚ありました。平均層厚は1mとなります。せっかく単層の数が分かっているのですから、一番下の地層から順番に番号をつけましょう。
  もちろんすべての地層が平均の厚さをもつわけではなく、さまざまな層厚のものがあるでしょう。平均は平均です。必要とあれば、統計的に偏差や分散を示せば、ばらつき具合を示すことができます。
  A層内に、断層や不整合などの不連続がないとすると、その厚さは、たまったときのもともとの厚さを示しているでしょうか。古い時代の地層は硬い岩石になっています。ですから、軟らかい堆積物としてたまった地層が硬くなるとき(続成作用といいます)、粒子の間にあった大量の水が排出されて、圧縮されます。固結した地層の厚さは、もともとのもとよりかなり減ります。が、そのあたりのことは、ここでの議論とは関係がありませんので、省きましょう。
  地層の溜まる時間やスピードを調べるには、時間を示す指標が必要になります。そのために、化石(相対年代といいます)や放射性年代(絶対年代)の手法が利用できます。今では、化石の年代と絶対年代はかなり密接に対応がなされていますので、時代を判別できる化石(示準化石といいます)が見つかれば、かなり正確に時代を決めることができます。
  さて、A層のNo.20とNo.70の単層から、化石が見つかりました。その化石から時代を調べたところ、No.20が約10万年前のもので、No.70が約5万年前のものだったとしましょう。
  5万年の間に50枚の地層が溜まったことになりますから、一枚の地層ができるのに、平均的には1000年かかっていることになります。もちろんこれも「平均」です。もし、地層がある一定のスピード(平均的スピード)で溜まっているとすると、地層が溜まるのにどれくらい時間かかっているかの見当がつけられます。
  50枚の地層は、もともと100枚あった地層の半分ですから、A層は、100mの層厚がありましたから、100枚の地層がたまるのに10万年かかったと見積れます。
  また、一枚の地層は平均すると1mの層厚ですから、それが溜まるのに1000年かかったことになります。地層の堆積スピードは、平均毎年1mmのスピードで溜まることになります。もちろん、これも「平均」です。
  さて、ここでおこなった堆積スピードの推定は、正しいでしょうか。「平均毎年1mmのスピード」には、明らかな間違いがあります。
  それは、一枚の地層が溜まる過程に、その秘密があります。地層は、毎年少しずつ溜まるのではなく、一枚の地層が一気に溜まるのです。このような地層の溜まり方は、特別なものではなく、砂岩から泥岩からできている地層の多くは、このようなでき方をしていることが分かっています。その典型は、日本でよく見られるタービダイト(乱泥流とも呼ばれる)と呼ばれる地層です。
  タービダイトのような地層は、海底の土石流や地すべりのような激しい現象によって、一気に溜まります。数時間、あるいは数日で砂岩から泥岩までがたまります。数日などの時間は、地質学的には同時とみなせるほどの時間となります。
  一層1000年という堆積の時間のほぼ「すべて」は、この地層と最上部の粘土岩と上の地層の砂岩の間に、「ある」のです。しかし、時間を記録しいてる物質は「ありません」。地質学的時間は、地質学的物質には、記録されていないのです。時間のすべては、物質的「無」に、宿っているのです。地層とは、事件や現象の記録です。「瞬間」の記録なのです。すべての時間は、無に宿るのです。
  地層では、時間が物質に一定の割合で置き換えられているわけではないのです。大部分の時間は、物質には置き換えられていないのです。大部分の時間は、地層の境界に折りたたまれていることになります。
  地層における時間と物質(堆積物)の対比関係は、複雑です。それを平均にしてしまうと、複雑さが見えなくなります。私は、そんな複雑さに興味があり、それを見たいのです。


Letter■ チャート・里帰り

・チャート・
タービダイトのような堆積物は、
上で述べたような成因を持ちます。
しかし、チャートとよばれる岩石は、
実は、時間と物質の関係が
1対1に近い関係を持っています。
チャートは、深海底に降り積もった
マリンスノー(プランクトンの死骸)の有機物が分解して
珪質部分だけが溜まって岩石になったものです。
ですから、チャートについては、
1000年で1mmなどという推定も可能となります。
私は、チャートにも、タービダイトに不思議を見ます。

・里帰り・
このメールが届く頃、
私は、京都に里帰りしています。
ちょうど祭の時期です。
高校を卒業して以来、
ふるさとの祭を見たことがありません。
その祭にあわせて里帰りします。
約30年ぶりです。
母からちょうちんを上げる役があるので
出てくれといわれています。
もう知らない人ばかりなのですが、
母にとっては、ここが生活の場なのです。
せいぜい親孝行しましょう。


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