地球のつぶやき
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Essay■ 87 イメージの中の地層
Letter ■ 新学期・紀伊半島へ


(2009.04.01)
  人はイメージするという素晴らしい能力をもっています。その能力は、時に効果的は判定を下すことができます。でも、それに現実に適用するには、検証が必要です。私たちが何気なくみている景色から、岩石、堆積岩、地層などに対する、結構正確なイメージを作り上げているようです。そんな例と検証を紹介しましょう。


Essay■ 87 イメージの中の地層

 尾根や山頂付近に向かう山間のハイウエイや観光道路、切り立った海岸の道をゆくと、急な斜面には崖をよく見かけます。多くの人は、そんな道を行くと、崖とは反対の景色をみてしまいます。なぜなら、崖と反対側は、山の裾野や海に向かって開かれ、眺望のよいところになっているからです。
  ところが地質学者は、崖を興味深く見ています。なぜなら、崖には、その大地をつくっている岩石が顔を出しているところだからです。慣れてくると、車で走りながらも、岩石の種類や特徴を見分けることができます。
  では皆さん、崖というと、どのようなイメージを持たれるでしょうか。私と同じ山道の崖でしょうか。それとも、海岸沿いの崖、郊外の工事中の道路の崖、ダム工事で剥がされた山肌の崖でしょう。いろいろなところで崖を見かけたことがあるはずです。
  では、海岸沿いの道路の切り通しで、削り取られたままの崖があるとしましょう。その崖は、どのようになっているでしょうか。想像してみてください。
  私は、何層にも連なった堆積岩が傾斜している崖をイメージしました。このような崖のイメージを持った人も多いかもしれません。私は地質学者ですから、日本各地の岩石をみています。岩石が出ているところの多くは、崖になっています。ですから、普通の人よりは、たくさんの崖を見ていることになります。そんな私が、崖というと地層を思い浮かべてしまいました。
  さらに、続けていきましょう。堆積岩というと、どのようなイメージが浮かぶでしょうか。皆さんは、崖の地層を思い浮かべたでしょうか。私は、先ほどと同じような崖にでている地層を思い浮かべました。私は、いろいろな堆積岩も見ているのに、地層を思い浮かべてしまいました。堆積岩というと、礫岩や砂岩、泥岩が代表で、それが層を成している状態を想像してしまいました。つまり、私がイメージした堆積岩は、地層という産状を示しているものです。もちろん、地層は、堆積岩の代表的な産状といっていいものです。
  この崖と地層に関する私のイメージは、2つの問題があります。「崖といえば堆積岩」と「堆積岩といえば地層」という点です。2つの問題の本質は、その「○○ならば△△」という論理構成が、きっちりとした統計の裏づけがあるのかということです。もちろん、イメージですから、統計なんかに基づいているはずがありません。でも、統計的ではなくても、そのイメージが可能性としてありえるのか、そしてありえるとすると可能性の程度はいかほどかということが問題となるはずです。今回は、人がイメージすることとは、どの程度確かのかを、崖、岩石、堆積岩、地層などを手がかりに考えていこうというわけです。
  崖を構成している岩石は、堆積岩以外のものの可能性もあるはずです。たとえ堆積岩であったとしても、その産状が地層をなすとは限りません。この点に少しこだわってみましょう。
  まず、崖についてです。崖とは、土や植物などがなく、岩石がむき出しになっているところです。岩石とは、大地、つまり地殻の構成物です。「崖といえば堆積岩」ということは、言い換えると、地殻の構成岩石は堆積岩を主と考えもいいのかということです。「岩石=堆積岩」になっている点が、問題がありそうです。もし、岩石の種類の中で、堆積岩が一番多い種類であれば、近似的に正しいことになります。
  では、「岩石=堆積岩」を確認していきましょう。
  岩石の種類は、そのでき方によって、火成岩、変成岩、堆積岩に区分できます。
  火成岩とは、地下深部でマグマが発生して、そのマグマからできた岩石が、火成岩です。マグマの成分や冷え方、噴出様式などによってさまざまな火成岩ができます。
  変成岩とは、他の何らかの岩石(もちろん変成岩でもいい)が、熱や圧力で変化を受け、溶けることなく(溶けるとマグマができ火成岩になります)、別の岩石に変わったものです。ですから、最初から変成岩は、存在できません。別の岩石(もちろんそれが変成岩でもいいのですが)が、変成岩になっていきます。量を考えるときに、変成岩の位置づけが、少々ややこしくなります。大陸にみられる古い岩石は、さまざまな程度の変成作用を受けていることが多くなっているからです。そして、変成岩は、もとをただせば、堆積岩起源か火成岩起源になります。その点に注意が必要です。
  堆積岩は、もともとあった何らかの岩石(どんな岩石でもいい)が、砕かれて移動して、堆積し、固結したものです。このようなできかたの堆積岩は、砕屑性堆積岩といいます。砕屑性堆積岩は、堆積岩の起源のすべてでありません。その他に、化学的沈殿によってできたものや、海水の蒸発によってできたもの、生物起源のものなどもあります。また、火成岩と区別が難しいのですが、火山噴火によって飛び散り固まったもの(火山性砕屑岩と呼ばれます)などもあります。
  では、火成岩と堆積岩の2つの起源による岩石が、地殻に占める割合は、どれくらいでしょうか。圧倒的に火成岩が多くなります。古い時代の岩石分布している大陸地域では、火成岩およびその変成岩が、8割ほどを占めます。堆積岩起源の変成岩を堆積岩に入れて考えても、2割に満たないほどしかありません。ですから、「岩石=堆積岩」は、間違いであったことになります。
  ところが、視点を変えると、違った見え方がしてきます。
  まず、大陸全体あるいは面積多い部分だけでなく、イメージをする人が住んでいる日本列島を考えるとどうなるでしょうか。日本列島のデータをみますと、堆積岩は6割弱まで多くなっています。これは、列島の形成プロセスが、堆積岩が多くなる場所だからです。プレートテクトニクスでいうと、日本列島は沈み込み帯にあたり、堆積物がたくさん形成され、それが陸地となっていく場でもあります。日本列島だけでなく、同じような環境で古い時代に形成された地域(カレドニア造山帯と呼ばれている)のデータを見ると、やはり5割強が堆積岩とその変成岩からできていることがわかります。ですから、日本列島で育った私たちの感覚からすると、「岩石=堆積岩」はあながち間違ったものではないことになります。
  もうひとつ別の視点から眺めてみましょう。実際の大地を見ていると、岩石がむき出しのところは少なくなっています。では、地表はどうなっているかと考えると、植物が覆っていたり、土壌あるいは砂、土、礫などが覆っています。地球の表面の3分の2を占める海底でも、岩石がむき出しのところは少なく、プランクトンの遺骸が積もってできた泥、陸からの火山灰や細かい泥なからできた堆積物が覆っています。
  これらは、固まっていませんから、岩石とはいません。しかし固まれば、すべて堆積岩に分類されるものとなります。現在覆っている堆積物が、実際に固まって岩石になるかどうかは不明ですが、堆積岩の重要な候補が現在形成中であることになります。私たちはそれが大量にあることを見ているのです。たとえ薄くても、地表を覆っている比率(被覆面積)でみると、その量は9割を超えると見積もられています。
  以上のように、視点を変えれば、「崖といえば堆積岩」あるいは「岩石=堆積岩」は、あながちでたらめともいえなくなってきました。
  次の問題点である「堆積岩といえば地層」について、みていきましょう。これは、堆積岩にはいろいろな産状があるにもかからわず、地層がその主要な産状であるという見方、つまり「堆積岩の産状=地層」が正しいかどうかです。
  堆積岩の地層というと、私たちが連想するのは、土砂や泥が固まったものです。これは堆積岩の分類でいうと砕屑性堆積岩になります。たしかに砕屑性堆積岩が地層をなしているのをたくさん見かけます。その量は、堆積岩全体からするとどれくらいでしょうか。
  実は、起源の違いによる正確な推計データはないようです。地域によって、つまりその大地の生い立ちによって、堆積岩の種類が変わってくるせいかもしれません。
  たとえば、ハワイのような火山活動が活発なところでは、堆積岩といえば、火山性砕屑岩が多くなります。また、乾燥地帯では蒸発岩が形成されていきます。サンゴ礁の発達した海では生物起源の石灰岩が形成されます。急激に大地が上昇しているヒマラヤでは、そこから流れでる川は、大量の土砂を海に運び、厚い地層を形成します。日本のような列島では、火山、地形上昇、沈み込み帯などの地質学的条件から、火山砕屑性堆積岩や砕屑性堆積岩がたくさん形成されます。
  地域によっていろいろ地質学的環境を反映して、特徴的な堆積岩からできていそうです。では、産状としては、地層をなすものは、どの程度あるでしょうか。
  種類でいいますと、層をつくりやすいのは、砕屑性堆積岩だけでなく、火山性砕屑岩や、沈殿によって出来た堆積岩、蒸発によってできた堆積岩も、層をなすことがよくあります。また、海底にたまった堆積物も固まれば、層をなします。
  もちろん、層をなしにくい堆積岩もあります。たとえば、炭酸塩岩の多くは生物起源の石灰岩や、石灰岩から変わったドロマイトと呼ばれる岩石が主となります。しかし、その量は、堆積岩のうち2割程度になると見積もられています。一つの岩石種としては、割合は多いのですが、それでも堆積岩の2割にしかならないわけです。
  炭酸塩岩以外の堆積岩には、上で述べたように、層をなす堆積岩が多くなっています。日本列島の堆積岩は、火山性堆積岩や砕屑性堆積岩が多くなっていますから、堆積岩の産状として層になっているのは、比率はわかりませんが、半分以上を占めていると推定されます。つまり、「堆積岩の産状=地層」の可能性としては大きいと考えられます。
  以上、「岩石=堆積岩」と「堆積岩の産状=地層」という直感や記憶によるイメージが、根拠があるのかどうか、本当に正しいのか、ということをみてきました。いずれも可能性も、過半数は超えそうで、私たちが抱くイメージはあながち間違っていないようです。
  私たちが持つイメージは、どこかで見た見た記憶に基づいてできているはずです。上で見たように岩石や堆積岩、地層に関するものは、その例だったのかもしれません。人は、無意識に情報収集と情報の取捨選択、そして記憶によって情報の総量を経験的に割り出すという、プロセスをとっています。そのプロセスは、かなりの複雑で、手間を要することを、一瞬のうちに行っています。イメージにすべてを依存するのは、危ないのですが、今回のように、かなり有効なときもあるります。その見極めがなかなか難しいところです。
  私のような地質学者が車で移動するときは、景色を楽しみながらも、かならず、崖の岩石も観察しています。どんな岩石なのか、岩石の出来た時代はいつか、なぜそこにあるか、次にはどのようなが岩石がでてくるのか、などなど大地の生い立ちに思いをめぐらしています。
  私が学生や大学院生の頃は、自分が培いはじめた岩石の鑑定能力と知識を動員して、未知の地域の地質を、ちょっと見ただけでどの程度推定できるかを、結構楽しんでいました。そして、その能力がある程度使い物のになることがわかり、うれしくもありました。
  ところが、残念なことに、最近では岩石がむき出しになったままの崖は、非常に少なくなりました。安全や管理上の理由でしょうが、コンクリートで固められたりネットがかかった崖が多くなり、石をみるのもなかなか厄介になりました。でも、むき出しの崖が皆無になったわけではありません。地質学者には、まだ楽しみは残されていますが。


Letter■ 新学期・紀伊半島へ

・新学期・
大学は、進級、卒業、入試など、
2008年度末の恒例行事がすべて終わりました。
あとは、教職員の送別会だけです。
4月から新入生を迎えて、新学期が始まります。
また、新しい人々と新しい時間を迎えることになります。
進級して成長した人々と新たな接触を持つことになります。
学校にいると、4月を大きな変わり目と感じてしまいます。
北海道は、桜にはまだ早いですが、
大学ではいち早く春を迎えることができます。

・紀伊半島へ・
北海道では、今年の冬は暖冬で雪も少なく、
春の訪れも早くなっているようです。
私は、3月下旬に紀伊半島へ、1週間出かけます。
とはいっても、実際には、出かける前に原稿を書いて、
4月1日に発行予約する手続きをしています。
ですから、このエッセイを発行する頃は、
まだでかける前になります。
まあ、帰ってきたら、その報告を別のエッセイで紹介します。
興味ある方はそちらを参考してください。


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