地球のつぶやき
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Essay■ 74 二分法:2から3への決断
Letter ■ 二分法的な気分・卒業研究


(2008.03.01)
  決断をする時、その選択肢は少ないほうが、悩みは少なくてすみます。最小の選択肢は、2つです。しかし、人間はたった2つの決断にも悩むことがあります。それは、自然を相手にしても同じなのです。


Essay■ 74 二分法:2から3への決断

 ディコトミー(ダイコトミーと発音されることがあります)という言葉を聴いたことがあるでしょうか。英語に詳しい人でないと、聞いたことがないかも知れません。ディコトミーとは、英語のdichotomyと書かれるものです。日本語では、「二分法」と呼ばれているものです。
  二分法とは、テストなどでは○か×、質問でYesかNoなどの二者選択をする考え方です。思考法としては、非常に単純な、誰でも理解できるものです。二分法は、選択肢が2つなので、命題が2つのどちらからにしかならないもの(論理的には互いに排斥し合うといいます)でなければなりません。普通に使えば、論理的で決断するときには便利なものです。しかし、誤用するととんでもない選択をすることになります。
  二分法における有名な誤用の例として、魔女狩りの論理があります。それ次のような手順に行われます。まず「お前は魔女か、魔女でないか」という二者選択の質問をします。「はい」といえば、魔女として処刑されます。「いいえ」と答えると拷問されます。拷問の後、「お前は魔女か、魔女でないか」という二者選択の質問がされます。これを「はい」と答えるまで、繰り返します。いくら拷問をしても「はい」と答えない人は、「これだけの拷問に耐えられるのは、魔女に違いない」として、処刑されます。
  このような誤用であれば、すぐに間違いに気づきますが、少々わかりにくい誤用があります。例えば、ある人に「あなたは、男か女か」と問うのは正しい二分法の使い方です。しかし、「あなたは、男らしいか、女らしいか」と問うのは間違っています。あるいは、「戦争か平和か」、「暴力か話し合いか」、「平等か差別か」、「金持ちか貧乏か」と問うのは正しい二分法といえるでしょうか。一見相反する対立している選択肢にみえますが、よく考えると、それ以外の選択肢があることがわかります。
  地層を用いた例を出しましょう。通常の地層は、海底で堆積します。地層が堆積する時には、海底だとはいえ、重力の作用を受けます。重力のかかる方向によって、地層の形成時の上下が決まります。地層はほぼ水平にたまります。ですから、地層面にたして垂直方向が上か下になります。これは、すべての地層の上下があることを意味します。
  地層が形成後にどのような作用を受けたとしても、形成時の上下関係は変わることはありません。ある崖でたとえ地層が垂直に立っていたとしても、地層面が堆積時の水平方向になり、その堆積面に対して上下関係が決定できるはずです。もし、ある崖の地層の上下が現在の重力に対して逆を向いていれば、その地層は現在の位置に来るまでに何らかの作用で逆転したということになります。
  ある崖に地層があるとしましょう。その地層は、崖に向かって、右方向に45度傾いています。つまり、地層面が45度傾いた地層が重なっているわけです。その崖の地層は、断層や不整合などの不連続はなく、規則正しく連なっているとします。
  地層を前にして、「この地層の形成時は、どちらが上か下か」を問うことができるはずです。この問いは、正しい二分法だといえます。その地層ができた時の上下関係はもともとあるはずですから、注意して観察すれば、上下の判定できるはずです。
  地質学では、いくつかの手がかりを用いて、上下判定をします。一番良く使われる方法は、級化構造とよばれるもので、堆積物の粒度変化をみるものです。地層を構成している堆積物の粒は、大きさが変化することから探る方法です。海底に土砂が流れ込んだ時、水の中で、重力の影響を受けながら、粗い粒が速く沈み、小さい粒ほどゆっくりと沈みます。ですから、一層の地層の中では、粗い粒が下、細かい粒が上になっているはずです。その粒度変化が見出せれば、地層の上下関係が判定できるわけです。
  崖でどれか一つ地層で、確実な上下判定ができれば、断層などがない限り、その上下関係は、一連の地層のすべてに適応できます。この例の崖には断層などはないとしていますので、崖の地層全体に上下関係が適用できます。
  地層の上下の二分法は、理論的には非常に簡単そうにみえますが、現実の地層を前にするとなかなか簡単にはいきません。そのため、地層の上下判定の手がかりとして、級化構造以外に、荷重痕(ドーロキャストと呼ばれる)や、斜交葉理(クロスラミナ)、底痕(ソールマーク)、フルートキャスト、漣痕(リップルマーク)、生痕化石などが考えられています。いろいろな判別方法があるのは、簡単そうなのですが、実はそう簡単には判別がつけられないこともあるということです。その困難さは、自然の妙というか、複雑さでもあるのでしょう。
  地層の上下判定ができた結果が、大きな研究成果につながることもあります。日本の有名な例として、小澤儀明の研究成果があります。彼は、大学の卒論(1923年)で、山口県の秋吉台を調査しました。秋吉台の石灰岩の中に含まれているフズリナの化石を調べていました。フズリナの化石の種類から、時代を決めることができます。研究を進めていくと、秋吉台の標高の高いところに古い化石が、低いところに新しい化石があることが発見できました。これを手がかりにして、彼は、秋吉台の地質構造が大きく逆転していることが発見しました。彼の卒業論文の結果は、世界的な大発見として評価されました。
  さて、二分法にもどりましょう。地層は、どちらかが上か下かになっているはずです。問題としては非常に単純明快で、二分法が適用できます。地質学者は、地層を調査する時は、まずは上下判定をしなければなりません。それは、地質学の教育を受けた時、最初に学ぶことでもあります。ですから、単純ですが、非常に重要な二分法による判定をしなければなりません。しかし、その判定ができないことも多いのです。そんな時は、どうすればいいのでしょうか。
  私は、あるいは多くの地質学者がするであろうことは、二分法の問題でありながら、「上」と「下」の選択肢の他に、「未定」(あるいは保留)という選択肢を急遽設けることです。「えい、ままよ」と、2分の1の確率に頼って、不確かな選択をするより、「未定」の方がいい選択といえるからです。そして、近隣の崖で、なんとか地層の上下判定をできないかを探ります。もしできれば、その結果を、問題の崖に適用してよいかを判断するわけです。これは、直接に結論を出さずに、間接的に結論を導くという、あまりよい方法ではありません。しかし、間違いの危険性を冒すより、少なくともある程度は根拠のある選択といえます。
  ここでは地層を例にしましたが、ものごとを決断する時、それが二分法が適用できる場合であっても、判断が下せない時がよくあります。そんな時は、無理やり決断をしてしまうより、二分法に「未定」を加えた、三分法(trichotomy)に無意識にしていることがあるのではないでしょうか。もちろん、決断すべき時に決断できないのは、優柔不断なことです。しかし、根拠ない選択や納得できない決断をするより、二分法を三分法にする決断の方が、もしかすると大切なこともあるのかもしれません。


Letter■ 二分法的な気分・卒業研究

・二分法的な気分・
いよいよ3月です。
北海道も一番寒い時期は過ぎました。
今年の冬は前半は暖かかったのですが、
後半は例年通りに寒さや降雪がありました。
3月ともなると大学は、
入試や入試判定、卒業判定、単位認定などの
決定が下るシーズンでもあります。
そして、大学は卒業と入学、
学生は卒業と入社、あるいは進級を迎えます。
そんな年度の変わり目には、
喜びと悲しみ、期待と不安、歓喜と失望、
愛はする二分法的な気持ちが、大学の中を飛び交います。
3月は、そんな季節でもあります。

・卒業研究・
明治から昭和の戦前ことまでは、
卒業研究がそのまま学術的価値が評価され、
その内容は、学会誌に掲載されるほどのものがざらにあったようです。
当時の卒業研究は、非常にレベルが高かった、
つまり学生の能力が高かったといえるのでしょう。
それは、当時の日本の地質学がまだ黎明期で
調べられていない地域も多く、
大発見もしやすかったのでしょう。
しかし現在では、そのような卒業研究をするのは
なかなか困難になっています。
卒業研究とは、大学を卒業するために必要なものであって、
学術的価値はそれほどではないのが現状ではないでしょうか。
学術的価値よりは、野外調査の経験や
研究をまとめるまでのプロセスを学ぶという
教育的意義が重視されています。
今や、野外調査だけで論文が書ける時代ではなくなりました。
試料やデータを持ち帰り、分析や解析をして、
いろいろな機器やテクニックを使わなければ、
研究成果を挙げられなくなりました。
これは、科学の進歩であるのでしょうが、
徒労感や虚しさ感じてしまうのは、私だけでしょうか。
もちろん、昔と今の若者の体力や、調査の条件は違うでしょう。
しかし、1年間、まじめに卒業研究に取り組んでいる
現在の学生の労力や時間、データ量は、
決して昔に劣っているわけではないと思います。
学生が卒業研究にかける情熱や熱意は、
今も昔も変わらないものがあると思います。
その情熱を評価対象にしたいものですね。


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