地球のつぶやき
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Essay ■ 70 バウハウスの原則:アンモナイトの渦巻き
Letter ■ オームガイ・知的パズル


(2007.11.01)
  アンモナイトの渦巻きには不思議な美しさがあります。かたや人間の作り上げた極地として人工の機能美があります。そんな関係を探っていきましょう。


Essay■ 70 バウハウスの原則:アンモナイトの渦巻き

 だいぶ以前ですが、オーストラリアに行った時、田舎の小さな土産店でオームガイの貝殻を見つけました。私は、それまでオームガイを博物館や本でしか見たことがありませんでした。値段もそんなに高くなかったので、すぐさま「そのノーチラスを下さい」(オームガイは英語でノーチラスといいます)といって買いました。そのオームガイは、自宅の居間に飾ってあります。オームガイは、今ではそれほど珍しいものではないようです。
  オームガイは、南太平洋からオーストラリア近海の水深100m〜600mに棲んでいます。その祖先は古生代のオルドビス紀に誕生しましたが、それ以降ほとんど形態的には進化していない、「生きた化石」と呼ばれています。
  オームガイは絶滅したアンモナイトと近縁だと考えられていましたが、最近では、少し違った考え方が出ているようです。アンモナイトは、オームガイよりも、現在のイカやタコに近いとされています。しかし、オームガイと似た生活をしていたと考えられています。
  アンモナイトは、古生代のデボン紀から中生代の白亜紀末まで生きていた海棲の生物です。殻をもつ頭足類ですが、絶滅種です。殻は、オームガイではあまり多様性を持たないのですが、アンモナイトは多様な進化をとげ、1mを越える直径を持つ大きなものも発見されています。こんな大きくて重い殻をもっていて、本当に泳ぐことができたのか心配になるほどです。
  そこには、自然の巧みな仕掛けがありました。普通の巻き貝では内部が一つにつながっているのですが、オームガイやアンモナイトでは多数の小部屋に分かれています。一番外の小部屋を住みかとしていて、奥の小部屋はカラになっていて、その空き部屋が浮力を生み出していたと考えられます。その浮力によって、海中を自由に動き回れたと考えられています。
  さて、オームガイやアンモナイトの貝が巻き方は、規則的で非常に「きれい」に見えます。「きれい」とは、人をひきつける何かがあるということです。その「きれいさ」を科学することはなかなか難しいのですが、オームガイやアンモナイトの貝が巻き方は解明されています。
  オームガイやアンモナイトは成長するとき、常に同じ形(相似形)を保ちながら成長しようとします。うずまき状の曲線として、ある規則性が発生します。その規則性は、対数らせん(螺旋)と呼ばれるものです。対数らせんは、どこで切ってもすべて相似な曲線となります。対数らせんは、黄金比の長方形に内接するものです。
  黄金比とは、最も均斉のとれた美しい長方形といわれるものが持っている比率です。その比率は、長方形の短い方を1とすると、(1+√5)/2(約1.618)という値になります。これはギリシア時代から知られている比率です。少々ややこしい値ですが、詳しく見ると不思議な規則性があります。
  黄金比を持つ長方形は、短い辺を一辺とする正方形を取り除くと、残った長方形もやはり黄金比を持つ、つまり相似の長方形が現われます。それを繰り返していき、正方形の対角線上に滑らかな曲線を引くと、そこに対数らせんが現われます。
  黄金比や対数らせんの「きれいさ」は、多くの芸術家や建築家が無意識に使っています。ギリシャのパルテノン神殿やミロのビーナスには、いたるところに、黄金比が用いられています。また、葛飾北斎の「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」にはらせんの構図が用いられています。
  対数らせんは、生物の成長と重要なかかわりがあります。例えば貝の殻や爪、髪、角、甲羅などは、少し伸びても全体としての形が変わらない様に、常に相似形を保ちながら伸びていきます。このような自然界の「きれいさ」の規則性を解き明かせたのは、まだホンの一部にすぎません。
  もっともっと深い何かが自然界のいたるところにあるはずです。そんな自然界の機能美を見る時、私は「バウハウスの原則」というものを思い浮かべてします。
  「バウハウスの原則」というのを御存知でしょうか。バウハウスとはドイツ語のBauhausのことで、Bauとは「建築」という意味で、hausは「家」のことで、「建築の家」という訳になります。
  何のことかわからないと思いますが、バウヒュッテ(Bauhutte)をもじった言葉です。バウヒュッテとは、「建築の小屋」の意味で、中世の建築職人組合のことでした。それをドイツの建築家のヴァルター・グロピウスがもじって、バウハウスというものを用いました。
  バウハウスとは、1919年にドイツのワイマールに設立された美術学校の名前です。この美術学校では、工芸・写真・デザインや建築に関する総合的な教育がされた学校でした。しかし、学校として教育が続けられたのは、1933年まででした。たった14年間しか開校していませんでした。閉校に追いやったのは当時ナチスでした。
  建築は、一般にアーキテクチャーという言葉が使われています。しかし、庶民的な言葉であるバウ(建築)という言葉を使ってるところに、深い意味があります。つまり、芸術あるいは建築は、特権的階級に対してではなく、全ての人に通じ、利用されるものだという意思表示なのでしょう。
  たった14年ですが、バウハウスは、モダニズム建築に大きな影響を与え、その流れを汲む合理主義的・機能主義的な芸術を指すこともります。そのようなバウハウスの芸術精神が「バウハウスの原則」と呼ばれるものです。
  「バウハウスの原則」とは一言でいうと、「形は機能に従う」というものです。特権階級が好むような贅を尽くしたような装飾や虚飾を取り去り、機能や構造を追及すれば、そこには自ずから美が生まれるという精神です。
  これは、何も芸術の世界だけではないように思えます。先ほどのオームガイやアンモナイトなどの生物の形態などは、その好例ではないでしょうか。生物の形態には、無駄で意味のないものはなく、何らかの必然性に基づいて生まれているのです。
  先ほど挙げたアンモナイトの対数らせんや黄金比の規則性は、成長しても形が変わらないために生まれた必然でした。それが黄金比というものを利用しているために、「きれいな」渦巻きに見えたわけです。
  自然界には、人が見ても「きれい」と思えるものはいろいろあります。詳しく見ると二つとして同じものはないはずなのに、そこには隠された規則性、機能美があるのです。私たちは、自然界の造形美を科学で解き明かすには、まだまだ時間が必要なようです。「きれいさ」、美とは奥深いものですね。


Letter■ オームガイ・知的パズル

・オームガイ・
オームガイは、今では南国の日本の土産物屋さんでも
見かけることがあります。
海外から輸入しているのでしょうけれど、
その美しさには、なかなか目が惹かれます。
装飾用に栄えように、磨いて銀色していることがあります。
あるいは半分に切断して、
隔壁をよく見えるようにしているものもあります。
オームガイは自然物ですから、
その美しさはバウハウスの原則に則っています。
しかし、それを見栄えをよくためだけに磨いたり切断するのは、
虚飾の一種ですから、明らかにバウハウスの原則に反します。
しかし、手は加えていますが、
自然の美を強調しているだけという見方もできます。
美とはなかなか奥が深いようです。

・知的パズル・
黄金比は、ギリシアの彫刻家ペイディアスが
初めて使ったといわれています。
黄金比をレオナルド・ダ・ヴィンチも
発見していた記録が残っているそうです。
「黄金比」は1835年にドイツの
数学者マルティン・オームの著書でだったそうです。
美しさを多くの人が古くから知っているのに、
その美しさが数学的に解明されるには、
長い時間が必要だったようです。
アンモナイトの規則性を見ると、
美という、数値では非常に示しにくいものが、
いったん数式として解明されると、
そこには単純で「きれいな」規則性があったということです。
「きれいさ」を追求したら、そこに数学的美しさがあった。
これは、非常に不思議な気がします。
その意外な「きれいさ」を知った時、
多くの人が自然の奥深さに感心するでしょう。
美の解明とは、自然が人類に与えれくれた、
非常に難しい知的パズルのような気がします。


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