地球のつぶやき
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Essay ■ 64 帰納と演繹:コッホの原則
Letter ■ 鳥インフルエンザ・ゴールデンウィーク


(2007.05.01)
  演繹と帰納という方法は古くからあります。そしてその方法は、昔も今も、科学では、今も活躍しています。しかし、それを用いる個々の場面では、さまざまな改善、進化を求められています。


Essay■ 64 帰納と演繹:コッホの原則

 今年のインフルエンザは、4月になってからも流行っているようです。私の担当のゼミの1年生も順番にかかっています。幸いにも、今のところ、私や家族には、インフルエンザはまだでていません。
  一時期話題になった新型肺炎とも呼ばれているSRAS(重症急性呼吸器症候群、Severe Acute Respiratory Syndrome)は、今のところ大流行にはなっていないようです。SRASは、科学や医療が進んだ現在であっても、突然流行しする未知の病気として、話題になったのも記憶に新しいところです。
  SRASは、2002年11月に中華人民共和国の広東省で発生しました。WHOは2003年3月12日、世界に向けてSRASに対する警報を出しました。2003年7月に新型肺炎の制圧宣言が出されるまでに、8,069人が感染し、775人が死亡しました。その後、10数名の感染患者がでましたが、そのほとんどが実験施設での感染で、流行とはなっていません。
  現在では、SRASの原因は、新種のコロナウイルスであることがわかっています。このウイルスが原因だとわかる前は、もう一つメタニューモウイルスが病原体として候補に上がっていました。どちらのウイルスが原因を決めるために、サルを使った感染実験が行われました。別々のサルにどちらかのウイルスを与え、SARSを発症するのはどちらかを決めるわけです。そして、コロナウイルスこそが、SRASの原因の病原体だとわかったのです。
  SRASの原因を決めるプロセスは、きわめて論理的です。この方法は、「コッホの原則」というものに基づいています。病気の原因として、ウイルスなどの微生物があるということが、それほど古いことではありません。コッホの原則の法則に基づいて科学的に決められるようになったのは、19世紀の終わりになってからです。
  それ以前のヨーロッパでは、病気の原因として、多く分けて2つの説がありました。ミアズマ説(瘴気説とも呼ばれる)とコンタギオン説(接触伝染説とも呼ばれる)の2つでした。
  ミアズマ説は、古くはギリシア時代の紀元前4世紀頃から、汚染された瘴気(ミアズマ)に、ヒトが触れることによって病気になると考えられていました。「ミアズマ」とは、現在の言葉でいうと「外因性の原因物質によって病気が発生する」とでもいうもので、現在でいう病原体の基礎概念にも適用できます。しかし、ミアズマ説は、原因物質が気体のような瘴気を想定したので、19世紀終わりには否定されました。
  14世紀から16世紀にかけて、天然痘やペスト、梅毒などがヨーロッパで大流行しました。そのような流行性の病気から、1546年、ジローラモ・フラカストロは、コンタギオン説を提唱しました。「病気を媒介する何か」として、「生きた伝染性生物」に接触することで発病し、他のヒトにも伝染すると考えました。フラカストロは、患者との直接接触、何らかの媒介物、離れた患者(空気感染)もの、の3つの感染方法があると考えました。
  しかし、フラカストロの生きていた16世紀では、伝染性生物を科学的に証明することができませんでした。証明が可能になったのは、19世紀になってからでした。
  証明するための技術として、17世紀にレーウェンフックが改良した顕微鏡が挙げられます。顕微鏡を使うことによって、目に見えない微生物を発見できるようになりました。しかし、顕微鏡を使った当初の研究は、博物学的なもので、病気の原因究明につながるとは考えられていませんでした。18世紀の終わり頃まで、細菌を分離して純粋培養する技術がなかったためです。
  19世紀になって、ルイ・パスツールは、細菌の液体培養法を確立しました。パスツールは、発酵の研究から生物の自然発生説を唱え、その後微生物が作り出す腐敗物質が、毒素としてヒトを病気にするという説を唱えました。細菌こそが、コンタギオン説の「生きた伝染性生物」の本体であるという説を示したのです。
  ところが、パスツールの液体法では複数の細菌が混じったままの状態でしか培養できず、病原菌を単独で分離して、培養することができませんでした。科学的に病気の原因が、細菌であることを科学的に証明ができませんでした。
  病気の原因が細菌であることを、科学的に証明するには、
1 ある一定の病気には一定の微生物が見出されること
2 その微生物を分離できること
3 分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせること
4 その病巣部から同じ微生物が分離されること
という4つの条件を満たす必要があります。これを「コッホの原則」と呼んでいます。
  これらの条件は、少々難しい言い方をしていますが、微生物を原因、病気を結果、という言葉に変えるとわかりやすいかもしれません。「コッホの原則」を言い換えると、次のようなものになります。
1 ある一定の結果には一定の原因が見出されること
2 その原因を分離できること
3 分離した原因は別の対象でも同じ結果を起こせること
4 その結果から同じ原因が分離されること
となります。
  2や3の「原因の分離」は、わかりにくいかもしれませんが、原因のなかに他の要素がないものことを示すものです。もし、原因がいくつかの要素になっていると、そのどれが真の原因なのか、それともいくつかのものが原因なのか、それとも要素すべてが組み合わさって一つの原因となるのか、などのいろいろな可能がでてきます。これは、科学的探究として、まだ、完全に原因究明ができてないことになります。ですから、原因が一つのものにたどり着くまで、追求しなければなりません。そのような意味で、「原因の分離」を理解してください。
  上の4つの表現は、少し考えれば、帰納(1と2)と演繹(3と4)という科学の方法そのものだということがわかります。コッホの原則とは、科学の基本的な法則に則っているということになります。
  ただし、病気の場合は、相手が微生物という非常に小さい対象であるために、証明が難しくなります。
  この4つの条件のうち、最初の3つは、ヤコブ・ヘンレが1840年に発表した考え方です。ですから、最初の3つだけをとって、「ヘンレの原則」と呼ぶことがあります。
  ヘンレは、ドイツのゲッチンゲン大学で、組織学教授として教鞭をとっていました。その学生に、ロベルト・コッホがいました。
  コッホは、ゼラチンなどで固めた固体の培地で、細菌の培養法を確立しました。固体培養法によって、病原菌と他の細菌の混じり合った中から、それぞれを独立した別のコロニーとして切り分けて分離し、純粋培養を行うことができ、原因を分離できるようになったのです。
  ゴッホは、原則に基づいて、自分の固体培養法で病原体探しをしました。そして、1876年に、炭疽症の動物から炭疽菌を分離し、「コッホの原則」の1から3の満たしていることを示しました。この後、炭疽菌によって実験感染した動物の体内から炭疽菌が分離できることも証明し、「コッホの原則」の4も満たすことができました。
  さらにコッホは、1882年に、ヒト結核の病原体として結核菌を分離しました。その後、多くの研究者が、この手法と考え方を用いて、主要な伝染病の病原体が発見されていきました。
  コッホの原則をみると、科学的な証明とは、考え方とそれに見合う技術が必要だということがわかります。
  20世紀になると科学技術は飛躍的に進歩します。すると、見つけやすい病原体は、ほぼ見つかってしまいまいました。そして、残されたものは、コッホの原則が適用しにくい病原体となっていきます。現在では、コッホの原則をすべて満たす病原体が見つかることの方が、少なくってきています。
  例えば、ヒトに病気を起こす微生物が実験動物では病気を起こさない場合、人によって病原体が検出されない場、微生物がいても発病しない場合、などがあります。そんな中で、SARSでは、コッホの原則がピタリと適用できた例でした。
  かつて伝染病に対して人は、体力や抵抗力などの、人が生物としてもともともっている肉体的な強さという原始的な方法で対処してきました。そのために人類は多くの犠牲を払ってきました。でも結果として、免疫や淘汰などという生物学的な試練を人類はくぐり抜けてきのでした。現在では、病原菌と最前線で戦うのは、個人の肉体ではなく、科学や技術、あるいはそれに従事する専門家です。
  コッホの原則が適用できない病原菌が、あるいは科学や技術がすぐに使えない病原菌が、進化してきたとしたら、人類にもさらなる進化が求められるかもしれません。それは、技術だけでなく、考え方や智恵での進化が必要なのかもしれません。そんな日が近いことをSRASは予告しているのかもしれませんね。


Letter■ 鳥インフルエンザ・ゴールデンウィーク

・鳥インフルエンザ・
2007年になって、宮崎県清武町や日向市、岡山県高梨市で
鳥インフルエンザがニワトリに流行った時、
大量のニワトリを殺すことで、人へと影響が及ぶ前に防止しました。
鳥のインフルエンザが、いつ人に感染する
病原菌に進化するともわからないからです。
発生地点の5〜10km範囲のニワトリを
すぐに処分するという過激な対処方法も提案されています。
その時の鳥インフルエンザが
人間に感染する能力をもつかどうかは、不明でもです。
そのような対処は、ある種の鳥インフルエンザが
人間に感染するという事実が知られているためです。
例として適切かどうかわかりませんが、
犯人として灰色のものはすべて犯罪者として処分する、
というような構図に見えてしまいます。
灰色中に何人かの犯人は紛れ込んでいました。
ですから予防的に、灰色は黒とみなしておくのが安心です。
人間の命とニワトリの命、
それも人間が食べるために飼育している鳥の命を比べれば、
明らかに人間の命を優先します。
私も人間ですから、その気持ちはよく分かります。
そして疫学上、そのような対処が、
大流行を未然に防ぐために、有効なのも理解できます。
しかし、一歩下がって眺めると、
人間は、生き物それぞれに、命に重さをつけているような気がします。
それは今まで神の領域の振る舞いでした。
人間も生き物ですから、食べなければなりません。
水と塩以外は、すべて生物を食べているわけです。
ですから、食うために殺すのはやむ終えないし、理解もできます。
しかし、灰色の状態のものを、大量に殺すのは、何か、腑に落ちないのです。
だからと言って方法があるわけではないのですが。
悩ましいものです。

・ゴールデンウィーク・
今年のゴールデンウィークは、前半と後半に分かれています。
5月最初の平日の2日間を休日にできる人は、9日間の大連休となります。
私は、大学の講義があるので、大連休にはできません。
しかし、後半の連休には、2泊3日で道南に出かけるつもりです。
道南の火山である恵山に登山をするつもりです。
しかし、遠いので、行き帰りに2日使います。
2泊3日ででかけても、中の1日だけが、登山日となります。
もし天気が悪ければ、困ったことになります。
そこしか予定が取れませんから、仕方がないです。
天気ばかりは、予定ができませんから。


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