地球のつぶやき
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Essay 05 地質学的定常と人間的非定常
Letter 圧倒される膨大さ

Essay 05 地質学的定常と人間的非定常

(2002年6月1日)
 大きな地層切断面の前に立つと、その地層に中に刻まれている事件と時間に圧倒されます。そして、それがどんな事件でできたかが気になります。
 地層の基本的単位は、単層(たんそう)と呼ばれるものです。単層とは、地学辞典(平凡社)によると
「連続的に堆積した1枚の地層のこと」
「ふつう、その上面と下面は堆積の休止期を示す層理面によって限られる」
となっています。この定義は、湊正雄「地層学(第2版)」(1973)を原典とし、そこでは、
「単層とは、上下の相隣れる二つの地層面(層面)で境された地層の部分である」
と定義されています。では、その境界である地層面の定義は、湊正雄を、困らせています。そして、最終的に、
「1枚1枚の単層が固化するときの上表面または下面である」
と、湊正雄は定義しています。
 上の定義から、単層とは、一連の、あるいは一つ事件による堆積作用でたまった物質で、次の堆積事件までには時間を隔てているということになります。
 一連の堆積事件には、堆積物の堆積状態によって、定常的現象と非定常的現象とに区分できます。しかし、定常と非定常の区分は、曖昧です。
 定常的現象とは、常に堆積作用が続いている状態です。たとえば、深海底にマリンスノーが降り、微生物の死骸が堆積物としてたまっていくような状態です。しかし、定常的とはいっても、その堆積量や成分には、時間、季節や気候変動による変化が生じえます。
 マリンスノーが深海底にたまったものが、チャートと呼ばれる岩石になります。地層として陸地に出ているチャートをみますと、数cmから数10cm程度の厚さの縞模様が観察されます。その縞は、珪質の生物の死骸以外のものからできていて、陸地から飛んできた火山灰や細粒の堆積物(泥質物質)が混入することで、形成されています。
 それは、定常的現象のなかに、非定常的現象が混在していることを意味します。その原因は、定常的現象の時間スケールが非常に長いため、非定常的現象が、間歇(かんけつ)的ですが、あたかも定常的に起こっているかのように見えるのです。定常的現象とはいいながら、非定常的現象とは区別がつきにくくなってしまうのです。
 では、非定常的現象とは、どんなものでしょうか。それは、時間的に、ある限られた時間に一気に堆積作用がおこることです。たとえば、土石流や海底地すべりのような短時間に起こる激しい堆積作用や、季節変化(黄砂の堆積、雨季の洪水)や気候変動(岩塩などの蒸発岩、氷河堆積物)による比較的長い時間をかけておこる穏やかな堆積作用などがあります。
 定常的現象による堆積物か、非定常的現象による堆積物か、どちらが多いでしょうか。統計を取っていないので、正確なところはわからないのですが、多分、非定常的現象による堆積物が圧倒的に多いと思います。
 もし、この予想が正しいとすると、非定常的現象とは、地質学的時間スケールで眺めると、「定常的」といってもいいほど、ありふれた現象といえます。
 日本列島太平洋側の堆積岩によくみられる地層は、砂岩から泥岩へと連続して変化する単層が、幾重にも重なって、繰り返しているものです。このような単層は、何100年に1回という人間にとっては非常に珍しい、大土石流や大海底地すべりのような非定常的現象で形成されたものと考えられています。土石流や海底地すべりは、大型の地震が、その引き金となって起こると考えられています。
 短時間でおこる非定常的現象は、まさに天変地異ともいうべき、めったに起こらない現象です。しかし、地層とてして残されている膨大な回数の繰り返しをみると、非定常的現象は、地質学のスケールでは定常的現象というべきものとなってきていると感じてしまいます。
 地質学には、人間の時間とはまったく違う時間が流れている気がします。ですから、今まで述べた定常と非定常という区分は、もしかしたら、人間の日常感覚にもとづくものであって、地質学的には、あまり通用しない区分なのかもしれません。
 非定常現象であっても、「定常的」といえるほど、繰り返しおこっていることが一般的です。それは、地質環境として見た場合、その場は、「定常的」に地震が起こる場であり、「定常的」に海底地すべりが起こる場なのです。そして、これが、地層というタイムレコーダーに残るのは、むしろそのような非定常的現象なのです。人間と地質の時間流れは、これほどまでに違っていたのです。


Letter 圧倒される膨大さ

・圧倒される膨大さ・
人間の時間と地質学の時間はあまりにもかけ離れていて、もはや、同じ土俵で議論できなほどなのです。例えば、人間の一生からすると、100年以上のサイクルは、体感できる時間としては、もはやサイクルではないのです。一生に一度あるかないかできごとなのです。しかし、上で述べたような海底地すべりによる、事件は何100年に一度の出来事として起こることなのです。
 時間の長さを感じるために、簡単な計算をしてみましょう。
 ある時代の地層を考えましょう。例えば、第三紀の中頃(中新世初期アクイタニアン)の地層だったとしましょう。その地層の年代は、2330万年前から2150万年前の時代です。期間でいうと、180万年かかってたまったものです。そのうちの半分、つまり90万年間が、砂岩から泥岩という単層の繰り返しによってできている地層だとしましょう。もし、1000年に一度の天変地異によって、その単層が一つ(約30cmの厚さ)できるとしましょう。とすると、この地層はどれほどの規模のものとなるでしょうか。
 単純に割り算してみましょう。90万年÷1000年=9000です。つまり、9000枚の単層が形成される訳です。その地層の全厚さは、掛け算をすればいいので、9000枚×30cm=2700mとなります。
 つまり、1000年に一度の天変地異でも、90万年という地質の時間が流れれば、それは、2700mという膨大な地層の連なりとして記録されていくのです。
 地質の時間を体感するのは、実は難しいのですが、今のような感覚をもっていると、地層の前に立つと、その地層に記録されている、時間と事件の膨大さが窺い知れると思います。
 私は、このエッセイの冒頭に書いたように、その膨大さに圧倒されるのです。