Letter Box No. 1


Letters 「境界と越境」

目次

Letter 001 まずは、テイク・オフ
Letter 002 話題
Letter 003 テーマは「境界と越境」
Letter 004 いろいろ
Letter 005 2分法の弊害
Letter 006 思っていること
Letter 007 自然と人工のはざま
Letter 008 Re: 自然と人工のはざま
Letter 009 名前とは
Letter 010 短くしようと思ったんですが・・



Letter 001 まずは、テイク・オフ
2001年2月17日 14:50

菅井美里様
 明日(18日)、私は、休みます。ですから、博物館での作業はできません。あしからず。
 昨日のメール交換の件で、多分、菅井さんは、「やりたいけれど、やり遂げられるかな」、「筆か遅いのでどうしようかな」、「絵を書くとなると大変だな」とか、いろいろ悩んでいるのではないかと思います。そこで、案ずるより生むがやすしということで、はじめてみましょうか。だめでもともとと思えば、たいしたことはありません。それと、私がしばら出かけるなどと、些細なことは気にしないように。
 はじめるにあたって、なにをテーマにするかということです。私と菅井さんは、年齢的には親子ほど離れています。しかし、教師と生徒ではないので、お互いの立場や経験、興味を尊重しながら、さまざまなことを話していきましょう。Club GEOや博物館などの共通点を持ちながら、付かず離れずの関係で、メール交換していきましょう。
 このメール交換での私の希望がいくつかあります。
 私や菅井さんの変化を記録すること、立場の違う人間がお互いに理解しあること、共通のメディアで公開してもいいような議論すること、などです。
 「私や菅井さんの変化を記録すること」とは、人生における変化を現在進行で記録することです。菅井さんが20代としてこれから、考え方や嗜好、人生への取り組み方など、多分、ここ1、2年で大きな変化を迎えるのではないでしょうか。多分多くの人はそんな20代を過ごしてきたし、あるいは過ごしつつあるし、あるいはこれから迎えるはずです。人それぞれ、さまざま20代を生きていくはずです。その現在進行形の20代の精神遍歴を追いかけたいとおもいます。私が非常勤講師をしている授業の中で、「20歳いう時は、人間として希望や夢をもてばそのように変われるはずである」といっています。そして、「20歳にどう変わりたいか」というテーマで、レポートを書くよう指示します。これは、学生自身にとって非常に大切なことだと考えて、時間をさいています。菅井さんもそのような時期を迎えています。
 また、私の人生設計では、ここ数年のうちに、大きな転機を迎えたいと考えています。もしそうなれば、私自身、大きく精神的に変化することが予想されます。
 「立場の違う人間がお互いに理解しあること」は、菅井さんは文系の人間で、私は理系の人間です。実は、私はこの「文系、理系」という区分が嫌いです。なぜなら、私自身は、両方に興味があります。そして自分を「理系、文系」という区分することによって、人生の楽しみの半分しか味わえないのです。両方に楽しさや知的興奮すべきことがあるはずです。人間は、無限の可能性を持っています。それを減らす必要はないし、そんな権利は誰にもないのに、現代の日本あるいは教育、社会は、理系文系というレッテルで、まず人を区分します。文系というレッテルが貼られれば、数学や化学的なこと物理的なことに疎くても許されます。一方理系といえば、有名な文学や詩歌、漢字を知らなくても許されます。これでいいのでしょうか。人間のイマジネーションは宇宙より広く、可能性は無限です。自分の可能性を小さくするのは他人に迷惑はかかりませんが、他人の可能性をレッテルを貼ることで小さくすることは、無限の彼方へ飛べる翼を剥ぎ取ることになります。
 しかし、ただ、まずは、とりあえず私は、「理系の人間として」面白いとと思うことを、菅井さんは「文系の人間として」面白いと思うことを紹介しあい、話しあいましょう。
 最後に、「共通のメディアで公開してもいいような議論すること」とは、人に見られろことを意識しながら文章を書くことの大切さです。今まで菅井さんは、せいぜい先生やClub GEO、EPACSのメンバーの20から30程度の人相手にしか文章を書いてないのではないです。でも、不特定多数の人間を相手にすることは、大変ですが、将来きっと役に立つのではないでしょうか。そう思って、インターネットのホームページやメールマガジンを公開の場として選びました。
 とりあえずは第一報です。菅井さんの返事をお持ちします。そして、できれば、「菅井さんは20歳にどう変わりたいか」を聞かせてください。
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Letter 002 話題
2001年2月20日 1:06
小出良幸様
 メール交換のテーマをいろいろ考えたのですが、“境界”っていうのはどうですか。
“境界”は、私が今一番興味を持っていることです。
 人間が混沌の中からアイデンティティを確立するための方法が、“分ける=境界を作る”という行為だと思います。
 もともと混沌であったものを、人間が勝手に、無理やり“分ける”のですから、当然ひずみは生じてきます。
 無理やり“分けられたもの”の接点(境界)を見つめること、つまり属性を考えることは、我々がどういう偏見を持っているのかを考えることになります。
 また、“分けられたもの”が課されることになる役割分担や本来持っている適性を考えることになります。
 そして、自分自身を見つけることにもなると思います。
 小さなテーマの例としては、以下のようなものが考えられます。
「男/女」「社会/個人」「理系/文系」「人/動物」「生き物/モノ」「教育/哲学」「韻文/散文」「自由律/定型律」「芸術/科学」「アジア/日本/ヨーロッパ」
 ランダムに挙げましたが、他にももっとたくさんあると思います。
 このような小さなテーマを順々に考えていくことで、“越境”のもつ意味も考えてみたいと思います。
 “越境”は、人の心を動かすことになると思っています。
 カルチュラルスタディーズなどが盛んになって以来、人文&社会科学では、“境界”を洗い出し、“越境“することに焦点が当てられていると思います。
 難しい手法のことはわかりませんが、専門的知識がなくても、“境界”を見つめ、人間が、あるいは自分が、どういう存在なのか探ることはできるはずです。
 漠然とした話のために、わかりにくいと思いますが、どうでしょうか。
菅井美里
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Letter 003 テーマは「境界と越境」
2001年2月20日 13:47
菅井様
 とりあえずのテーマは「境界と越境」でいきましょう。しばらくこれで議論を進めながら、議論が行き詰まったり、飽きたりした、ときどきテーマを変えましょう。そのほうが、読む方も興味を持てるのではないのでしょうか。それと、お互いの近況や出来事も述べましょう。学校の行事や天候、家族のことなど何でもいいです。すると、お互いの生活環境での、季節ごと風物詩が読者に伝わるのではでしょうか。それと、自己紹介を書いて下さい。
 私は、多分、菅井さんが書いてくるであろうという前提で、ホームページの作成をちびちびとはじめています。そのうち、公開します。このホームページのタイトルは、「Metmorphic」としようかと考えています。「変成する、変わっていく、変遷する」などという形容詞です。地球科学では、変成作用(Metmorphism)や、変成岩(Metmorphic rock)などに使います。意図は、二人の相互作用で変化していく様が見れればということです。菅井さんと比べれば、私の変化は小さいと思います。しかし、確実に変わっていくます。それが、メール交換のやり取りの意義でもあるはずです。それと、イラストがんばって書いて下さい。よろしくお願いします。
 さて、「人間が混沌の中からアイデンティティを確立するための方法が、“分ける=境界を作る”という行為だと思います。」についてです。
 確かにそうかもしれません。アイデンティティとは、「他」との「境界」があって初めて、成立するものかもしれません。
 ところで、「分ける」ということは、どういうことなんでしょか。当然、誰が見ても違うものもあるはずです。「分けられたアイデンティティ」の部分と、それ以外の「他」の部分は、何かの違いがあって、分けられたはずだからです。
 違いはあるかもしれませんが、それをアイデンティティとするに足るという根拠は、何なのでしょうか。その根拠の正当性は、誰が判断し、評価するのでしょうか。それとも、それぞれの「思い」なのでしょうか。そうなら、アイデンティティとは、独善的なものとなるかもしれません。
 自然科学の世界では、そのあたりの厳密で、集合論などを使っておこなわれることもあります。つまり、定義がなされています。定義とは、明文化されていきます。しかし、文字に表記されることによって、変質が起こることがあるかもしれません。「分ける」とは結構直感的になされ、根拠が後付けされていることはよくあります。
 科学は原則的には厳密であるはずです。しかし、科学者自身は、実は、それほど厳密ではない場合があります。例えば、私も、地質学から研究者の道を歩みはじめ、岩石学から、地球化学への変遷し、現在では、地球の起源を実験的に探るための研究をしています。さらに、科学教育のありかたや廃棄物についても研究の手を広げいています。自分自身で境界を越境しています。つまり、興味の赴くままテーマが変遷しています。まあ、これも悪くはない生き方ではないかと思っています。
 科学自体も境界を設けながら、その境界の細分化によって閉塞感に陥っています。これが、無理やり分けられたことへの、しっぺ返しでしょうか。それを打開するために、学際的、領域横断的、新領域などさまざまな呼び方で、「越境」を目指しています。
 もしかすると、越境は、古くて新しい「脱皮」の方法なのかもしれません。あるいは新天地を見つける手っ取り早い方法なのかもしれません。
 まず、いろいろ越境してみましょう。そして、いくつかの境界を見ていきましょう。
 小さなテーマの例として、菅井さんは、いくつもあげられましたが、どれも、対比される項目や内容です。つまり、世の中を2分して見ていくやり方です。この見方でみれば、もしかすると「ひずみ」を、浮き彫りにしやすいかもしれません。2分割された世界の「ひずみ」を見つけ、その「ひずみ」を越境すというのは面白いかもしれません。
 「分けられたもの」からの「ひずみ」を読み取りましょう。その「ひずみ」見つけるためには、とりあえず「越境」することが重要かもしれません。
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Letter 004 いろいろ
2001年2月22日 2:47
本題に入る前に、イラストの人物名を間違っていました。メガネをかけた人は、太宰ではなく、中島敦です。この頃人の名前を忘れてしまうことが多々あるのですが、まさか敦の名前を間違えるなんて・・・ショックです。

\\\\\本題\\\\\\

 では、まず自己紹介と今後に関して。

 現在、恵泉女学園大学人文学部日本文化学科3年次に在学中(20)です。近代日本文学の研究演習(ゼミ)と中高国語科の教職課程を中心に授業を履修しています。4年次には卒論を書く予定でいます。テーマは「自由律の可能性〜萩原朔太郎と種田山頭火を中心に〜」といったところでしょうか。卒業後は、韻文をさらに深く研究をする方向ともう少し他の分野の学問に触れる方向の2種類を模索中です。最終目標は、中高の国語科教員なのですが、教員になる前に色々なことに触れ、視野を広げる必要性を感じています。

 また、小学生のころから「教育」について考えてきました。自分が受けている教育が長期的に見て正しいのか、教員のあり方はどうあるべきなのか、環境はどのように整備したらいいのか等々、教育を受ける側として、同時に将来教育者(社会人)になろうとする立場として、今でも考えつづけています。(専門性には欠けるところが多いですが。)

 趣味は、あるようで、ない。
 特技は、何でも面白いと思うこと、および書道や筝曲。
 好きなことは、話を聞くこと、授業を受けること、職員室に行くこと、本に囲まれること、草木のあるところにいることなど。
 好きな食べ物は、おいしいもの。嫌いな食べ物は、わさびと洋がらしと濃い味のもの。
 好きな人は、種田山頭火、芥川龍之介等々たくさん。嫌いな人は、基本的にいません。
 今までになりたいと思ったことのある職業は、科学者・理科教員・画家・看護婦・養護学校教員。

 今回のところ、自己紹介はこの辺にしておきましょう。追々、触れることもあると思いますので。

 次に、「境界と越境」について。第1回目は、「文系/理系」の境目に焦点を当てます。

 学問を大きく分けるとき、一番大きな枠組みが「文系/理系」で、「文系」には、人文科学や社会科学が、「理系」には、自然科学や医学などが含まれます。たぶん高校まで通った人はみんな、進路決定などのときに「文系」と「理系」どちらに進むかという選択肢が用意されていたと思います。私もそうでした。私の場合は、数学の不出来と国語の好調の間でその時期を迎え、理系を断念して、今に至っています。

 しかし、「文系/理系」のハザマにあるものとして、心理学や教育学・哲学があると思われます。心理学や教育学が「文系/理系」のハザマにあるのは容易に理解できると思います。一方で哲学が、なぜはざまに入れられるのかを不思議に思う人があるかもしれません。現在では、哲学といえば人文科学系の学問だと大方認識されているようですが、哲学というのは、教育の基なんですよね。そう考えれば、今でこそ哲学を内向的な(?)人文科学に振り分けてはいるものの、本当はハザマの学問なのではないでしょうか。

 哲学は、歴史的に見れば、古代ギリシャの自然哲学の系統及びプロタゴラスやソクラテスなどのポリスの思想、あるいは、春秋時代の中国にあった諸子百家に始まる思想などが挙げられるでしょうか。ただ、これはあくまで、名のある哲学者がいたということに過ぎず、彼らがここに追求するよりも前から、人は哲学をしていたはずです。その証拠に、土俗的な宗教・自然崇拝が旧石器時代からあります。地学が理科の総合科目であるのと同じように、哲学は、「文系/理系」を超えた総合的な学問体系であるように思います。すると、哲学の立場にたてば、「文系/理系」の境を超えた議論が当然でてくるでしょう。例えば、哲学が独立的な学問と考えられるようになる前、学問すべての基礎にあったはずの哲学の見直しがなされれば、個別の学問が抱える問題(経済によって引き起こされる身分格差や生命倫理など)を解消するよりよい手がかりが見つかるかもしれません。<越境は既存の考えを踏まえた上で新しい考え方を発見する有効な手段だと思います。>

 また、こうした「文系/理系」の見方とは別に、「文系/理系」の枠組みを超える試みが可能だと近頃考えています。それは国語科と理科が非常に近しい関係にある可能性に根ざしたものです。一般的に、国語科と理科は畑違いの学問です。国語は文字相手の学問で、理科は実物相手の学問と言えましょうか。でも、そのどちらにも重要なものがあります。想像力です。国語は、文字から3〜4次元の世界を起こす訓練をします。理科は、事実を正確に受け止め、その周辺(過去にどのようであったか、これからどうなるのかなど)を推定します。さらに、理科で学ぶ事実認識は、実体験そのものです。実体験がある程度なければ、想像は広がらないものです。テレビゲームなどにいそしむ子供が多い今、実体験を積む場としての理科が充分でないと、実体験はますます減ってくると思います。実体験が減れば、文字情報を映像化することもきっと難しくなるでしょう。授業の時間を増やせばいいというのではありません。本物に触れる機会をたくさん作ることによって、想像力が育ち、豊かな心が育まれる・・・そんなよい教育の循環がもっと図られてもいいのではないでしょうか。

 「文系/理系」の大まかな枠組みとそれを超える方法について頭の中を整理してみました。
 小出さんは、元文学少年の科学者として、「文系/理系」の枠組み&越境についてどんなことを思いますか。

                        菅井美里


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Letter 005 2分法の弊害
2001年2月22日 14:43
菅井様
 まずは自己紹介から。
 1956年、京都生まれです。母と弟は、現在も京都に住んでいます。大学入学以来、札幌から鳥取、札幌、鳥取、横浜、海老名、小田原、湯河原にいたるまで、会社の転勤族のような、移転ぶりです。なんと、その間に、引っ越したのが、12回になります。しかし、どの引越しも、自分から望んで引っ越したのではありません。立ち退きや、契約切れ、大学の転校、職場の変更など一種の不可抗力で引越しをしてきました。でも、住めば都で、その土地その土地の風俗、自然、街を楽しんでいます。
 現在は、神奈川県立生命の星・地球博物館で、地球科学の学芸員をしています。専門は、岩石学や地球化学という手法を使って、岩石や大地がどのようにしてできたかを研究しています。最近は、地球のでき方が実証的に検証できないかを、理論と実験で取り組んでいます。過去に一度しかなかったことを、科学的に検証できるかという問題です。私は、できるという結論を出しました。それは、また、別の機会にしましょう。
 さらに、科学教育の方法論や理論についても研究をしています。博物館には多くの学芸員がいながら、従来いわれている「博物館学」の研究している人は非常に少ないのです。それを、正面きって、正攻法で理論武装と実践的研究をおこなおうと考えています。そのために、「博物館学」ではなく、「自然史」という呼び方で取り組んでいます。どりらも英語では、natural historyとなります。
 もう一つ、産業廃棄物についても研究しています。博物館でも「共生」と称して、地球と人類がどう共生していくのかというテーマを掲げているのに、だれもまじめに地球環境の研究はやっていません。そこで、社会の役に立つ研究として、焼却灰の固結再利用に関する研究を、企業とともにはじめています。
 かれこれ、博物館にきて10年がたちました。当初は、地球の起源を研究するつもりでいました。世界で1台しかない分析装置の第2号機、この博物館に導入されるというので、呼ばれて来たのですが、バブルの崩壊で導入できませんでした。そのときに、やめても良かったのですが、テーマを地球形成の実験的研究と理科教育に関する研究も面白そうなので、当初の予定通り10年間は、ここにいることにしました。その10年が、過ぎました。ですから、現在、転進を考えています。まだ、どこに転進するかは決まっていません。次が見つかってから転進するつもりです。
 というのが、自己紹介と現状です。
 さて、理系と文系という境界ですが、不要だともいます。それは、日本においては、受験制度によって、どちらかに振り分けられます。しかし、両方や狭間に興味がある人は、無理くりどちらかに、区分されてしまいます。しかし、人間なんて、そんなにはっきり区別できるものではありませんし、区別することによって、可能性を狭めることになりかねません。しかし、このような事態は、日本だけでなく、西洋でも同じことが起こっているようです。つまり、理系の人間は文学や詩歌、芸術には疎く、文系の人間は科学や数式に弱いという定説ができ、お互いにそれに安住しているところもあります。
 そのような現状は良くないと考えて、新しい理論化に取り組んでいます。私たちのおこなっている「自然史」という科学の体系の中にで、研究(research)と教育(education)、そして自然哲学(natural philosophy)が、三位一体として遂行されなければならないと考えています。さらに、自然史体系の中には、自然史表現法や伝達の方法として芸術も取り入れなければならないと考えています。
 現状の社会の混迷を救済する一つの方法論として、自然哲学の復興を挙げました。18世紀までは、科学者という言葉はなく、今でいう科学者は、natural philosopher、すなわち自然哲学者と呼ばれていました。つまり、ギリシア時代以来つい最近まで、自然哲学者が、科学をおこなっていたのです。そこには、広い哲学的思索も含まれていました。デカルトを筆頭に、多くの自然哲学者は、自然科学に観察もおこなっていました。このようは総合的な思索が今の行き詰まった社会には必要ではないでしょうか。
 この辺のところは、前に論文に詳しく書きましたので、今度別刷りをお送りします。参考にしてください。
 さて、境界についてなのですが、最近、2分法に関して、ふと気付いたことがあります。それは、ゴミ収集についてです。京都の実家では、ゴミは「燃せるゴミ」と「燃せないゴミ」という名称で区分されてました。あるところでは、「燃えるゴミ」と「燃えないゴミ」という区分でした。このような呼び方は、似て非なるものではないかと感じています。つまり、「燃える」と「燃せる」とは、だいぶ意味が違います。集合の考え方では、「燃える」と「燃えない」、「燃せる」と「燃せない」はどちらも、お互いを相容れない集合となります。「燃える」もの中には、「燃せる」ものの集合はすべて入り、なおかつ「燃せない」もの中で「燃える」ものも含まれます。「燃えない」ものには、「燃せない」もの大部分が入るはずです。
 物理的には、「燃える」と「燃えない」が適切ですが、焼却というプロセスを考えると、「燃せる」と「燃せない」という考え方になります。つまり、「燃える」けど「燃せない」ものもあります。ですから、「燃える」はもの中心の見方で、「燃せる」は人中心の考え方ではないでしょうか。
 つまり、2分法には、抽象化するためにどうしても、「ひずみ」が生じるようです。2分法には、限界があることや、抽象化の過程でどちらにも属するようなものはエイヤとどちらかに放りこまれたものがあることをよく理解して必要があります。
 2分法は、抽象的に語っているうちはいいのですが、個別に語られると、その方法は通じないことがあることを、よくわきまえておかなければなりません。なのに、レッテル貼りが皆好きなようで、肩書きや所属、経歴、出身地、出身校など氏素性をまず知りたがります。しかし、そのような肩書きで人は量れないのですが、そうする癖をもっているようです。
 今回はこのあたりで、終わりにします。ちょっと風邪気味でつらいです。
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Letter 006 思っていること
2001年3月13日 1:46

小出 良幸 様
 三月に入ってからもうだいぶ経ちますが、いろいろ心が動かされるニュースがたくさん聞こえてきます。今回はそんな中から二つのトピックに関して思っていることを書きます。

 一つめは、アフガニスタンの仏像破壊。
 イスラム教過激派タリバン政権によって、バーミヤンの石窟はほぼ破壊されたことが外相の口から明らかになったそうですが、私は、これに対して、自分がどういうふうに向き合えばよいのかわかりません。国連やイスラム教国をはじめさまざまな国・人びとが非難し、中止を要請してきたことは、知っています。社会の動きとして、「遺産」を守ることが重要と考えられているのもわかります。でも、「遺産」を守ることは人が生きることより重要なのでしょうか。文化や伝統を、守るために今までたくさんの人が争いをし、命を絶ってきたことは事実です。そして今でもそれは続いています。すると、タリバンが政権を握り、結果、仏像をイスラムの教えに反するとして壊したのは、彼らが生きるために必要なことだったのかもしれない。アフガニスタンは、国際社会から孤立を強いられたから、仏像破壊をはじめたという人もいます。アフガニスタンの人すべてがタリバンを支持しているわけではないこともわかりますが、アフガニスタンという国が、そのような行動をするようになったのは、アフガニスタンの国民の周りを囲んでいるすべての人が彼らと対等に、互いを尊重しながら生きてこなかったからではないのかと思います。
 世界遺産として、自然や文化遺産などを守ろう・・・毎年いくつもの遺産が登録されていきますが、そのうち世界中遺産だらけになってしまうのか?とも思ったりします。かけがえのない自然はとても大切です。人が創りあげた文化も歴史を語る上で、重要な財産です。そういったものを私自身守りたいし、守ることがいいことだとも思います。しかし一方で、自然を破壊し、過去あるいは他者の文化を破壊し、それぞれが自分達のいいように生きてきたし、これからもそうやって生きていくのだろうと思います。人が生きるということには多くの犠牲があるものです。
 彼らが生きること、我々外側の人間が負っている責任などを考えるとタリバンがやっていることを非難できなくなってしまいます。また、こうしたこと方は、タリバンだけでなく、戦争や犯罪に関しても同じように言えてしまいます。(そうするしかない運命が、生きるものにはあって、自分が運良く実行者になっていないだけではないのか。自分はそれを見てみぬふりをして、無関係な者としてただ非難しているだけではないのか。そんな思いも頭を駆け巡ります。)

 二つめは、上村松篁さんの訃報です。
 小さいときからよく母に連れられて美術館に行っていたのですが、日本画の中では、上村松園さん・松篁さん・淳之さん、安田靫彦さんなどの絵が好きです。日本画は西洋絵画や水墨画などと違って絵の中に透明感があらわれるところが好きです。さきほど挙げた方々の絵は、非常に繊細で、美しく、透きとおっていて、絵の前にくると大きく深呼吸をしたくなるようなものばかりです。松篁さんのことは、写真で拝見したことしかありませんが、淳之さんがこの頃テレビで日本画教室をなさっているので、きっとこんないい雰囲気の方なのかなと推察したりしていました。お亡くなりになったと新聞で読んで、ぱっと目の前から鳥が飛んでいったような気がしました。
 近年、人や動物がなくなってもすぐには心が受け付けないらしく、月日が経って、「ああ、もういないんだ」とふと思ったときに涙が出る寂しさがちょっと辛いのですが、松篁さんも私のそんななかの一人になったようです。なんだか心が変な感じです。

 日本では政界が大揺れなようですが、小出さんは何か心が動かされるようなことはこの頃ありましたか?
 私は旅行から帰ってから今日まで心が動きっぱなしで少しだけくたびれています。またどこかへ泊まりにに行こうかな、なんて思ったりしています。

 ではまた。
            菅井美里
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Letter 007 自然と人工のはざま
2001年3月13日 15:07
菅井様
 心動かされること、何があるでしょうか。
 年をとるともに、心のセンサーは鈍くなるので、心していなければならないはずなのに、そうはいかないというジレンマがあります。日々の暮らしに追われて、ついつい心動かされることを見逃していそうです。心の動く瞬間は、ほんの少しの時間しかなく、忙しい時には、ついつい後でという気持ちになって、そのうち忘れてしまいます。
 さて、「世界遺産として、自然や文化遺産などを守ろう・・・毎年いくつもの遺産が登録されていきますが、そのうち世界中遺産だらけになってしまう」ですが、そうはなりません。なぜか、それは人類が地球を制覇しているように見えるのは、錯覚だからです。
 地球を宇宙から見たとき、何色が見えるでしょうか。青、白、茶色、そして緑です。青は海の色です。白は雲と氷(山や極地の氷河、氷床)です。茶色は、大地で砂漠です。最後の緑は、植物です。地球を制覇しているのは、面積でいえば植物です。人工衛星でも、良く見れば人工物の万里の長城や、大都会は見えます。しかし、目を凝らさないと見れないほどです。日夜、人が手を入れない朽ち果ててしまうものです。そして万里の長城やピラミッドは過去の遺産です。
 人間はエゴイスティックですから、今日もしくは明日食うに困る、あるいは儲かるとなれば、遺産などまさに遺物として葬り去られる運命です。多くの遺産は、そのようにしてなくなってきたのでないでしょうか。ピラミッドの中にあったはずの遺品は、ほとんど残されていません。ですから、逆に残されたものに希少価値が生じるのかもしれません。
 こんな話があります。ダイヤモンドは、天然の色付きダイヤモンドが高価です。ダイヤモンドは人工的に造れるのですが、商品価値を増すために、ロシアでは高温高圧装置を使って、天然のダイヤモンドに色をつけるという方法があるそうです。この方法ですと、天然の色付きダイヤモンドなのか、加工を施したものなのか、鑑定士でも区別できないそうです。ですから、シンジケートも、現在、危機的状況だそうです。
 「求めよ、さらば与えられん」と、人は欲しいもの金になるものを手に得れてきました。天然ものの希少価値ですら、商売として人工的につくることができるのです。そして、知らない人は、それで満足しているはずです。
 天然を望むあまり、限りなく天然に近い人工物をつくるのです。どこかで聞いたような内容です。都会の公園、水族館、動物園、植物園、博物館、オフィスの中の観葉植物、「自然」という名の人工物が一杯あります。そこまでして「自然」を求める必要があるのでしょうか。自然は、都会から少し離れれば一杯あるのですが・・・
 ダイヤモンドの続きの話です。数年前まで、鉱物ショウなどで天然のダイヤモンドで宝石にならないようなものは、1個数千円でだれでも購入できました。特にオーストラリア産のものはたくさん出回っていました。現在、インドが宝石加工の大国で、ほとんどのダイヤモンドは、インドに集まるそうです。インドで加工されて、流通に乗ります。ですから、そのダイヤモンドの産地が不明になったり、石にダイヤモンドが埋まったような博物館の標本として貴重なものはほとんど手に入らなくなりました。くずダイヤモンドも見かけなくなりました。研究者や博物館が、入手できなくて困ってしまいます。これは、「人類にとって自然」の「遺産」の喪失です。
 しかし、広い視点で見れば、こんな天然ダイヤモンドに対する博物館や研究者のこだわりも、おば様たちの、天然ダイヤモンドに対するこだわりと根っこは同じかもしれません。長い目で見れば、つまり「地球の時間」でみれば、そんなこだわりも、ひと時の夢かもしれません。人類の歴史ですら、生命のほんのあだ花かもしれません。
 ところで、「境界」についての余談です。私は神奈川県湯河原町に住んでいます。湯河原は地質学的区分でいえば、フィリピンプレート上にある街です。日本は、その北アメリカ・プレート、ユーラシア・プレート、太平洋プレートが集まっているところです。その中で、太平洋プレートは、日本では陸地はありませんから人は住んでいません。ですから、フィリピン海プレーtが日本では一番人口の少ないプレートといえます。私はそのような貴重な地域に住んでいます。私は自家用車を持っているのですが、今まで自家用車でフィリピン海プレートから出たことがありません。大磯、平塚まで行けば北アメリカ・プレートですし、静岡市まで行けばユーラシア・プレートになります。
 私から言わせれば、「地質学的境界」を越えるのは簡単で、越えないほうが難しいということです。
 さて、イラストは描けましたか。できれば見せてください。よろしく。
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Letter 008 Re: 自然と人工のはざま
2001年4月18日 1:36
小出良幸様

 1ヶ月以上のブランクを経て、ようやく平常心を取り戻しつつあります。古い話題の続きではありますが、書いてしまったので送ります。


 「残されたものに希少価値が生じるのかもしれません。」・・・そのとおりだと思います。

 例えば、人文学的方面から考えていくと、「方言」なんかがその代表例に挙げられます。明治以降の近代学校教育(「共通語化」教育)の中で、「方言」は使ってはならないとされたことがありました。沖縄などでは琉球方言を使うと首からプレートを下げさせられるといったようなこともあったそうです。(大戦中、日本の占領下にあった朝鮮などでも同じようなことがあったと聞いています。)共通語化開始以前〜開始初期の段階では、社会的評価が低く、思考内容の伝達方法であった方言は、共通語が浸透するにつれて、社会的評価は高まり、保護・普及のための活動も増え、方言話者は、公・私によって使い分けをするようになりました。つまり、希少価値が生まれたわけです。(他にも同じような経過をたどっているものとして、少数民族の文化なんかが挙げられるでしょうか。)

 前に、小出さんが「2分法の弊害」のメールの中で、「2分法は、抽象的に語っているうちはいいのですが、個別に語られると、その方法は通じないことがあることを、よくわきまえておかなければなりません。」と仰っていますが、「希少価値(数が少ないことによって生じる価値)」という言葉が通用しない領域があります。ヒトです。以前心理学の授業で、「個々の名前」は数が少ないからつけられるというのを聞いたことがあります。モノを区別するためにつけられるのが「名前」ですが、「机」や「いす」は形体・使用目的によってグループ名がつけられるけれど、その一つ一つに「〇〇ちゃん」「△△くん」と、「個々の名前」はつけられない。(製造番号はつけられますが、それが「名前」といえるのだったら、囚人番号だって「名前」になってしまうわけで。製造番号を「名前」と認めるのはちょっと論外でしょう。)でも私たちヒトは違う。みんな同じヒトというグループなのに、「個々の名前」がついている。これにはいろんな理由があると思うのですが、私は、ヒトが「名前をつける側」だからだと思います。「名前をつける側」には、権力があります。「語る権力」です。誰が認めるかということではなくて、「名前を付ける」という行為は能動的なもので、対極に受動的な存在「名前をつけられる者」を生み出します。ヒトは地球上のどんな生物よりも進化しているとされますが、そこから生じる奢りがあるとすれば、その一端を「語る権力」が担っていると考えられるかもしれません。

 そして、もうちょっと目を凝らすと、ヒトの中にも、「語る側/語られる側」が存在することに気付きます。例えば、俗にいう「世界史」は、先進国(ヨーロッパ)の視点から記述される事が多いでしょう。「世界史」において、中南米・南米・オーストラリア・アジアなどの地域あるいはそこに住む人(先住民族含む)は、「語られる側」に自然となってしまっている。それは、ヨーロッパが歴史の記述を行なっていることに加えて、ヨーロッパ以外の地域の人が自己を語らないことが原因です。グローバリゼーションが、これからの世界の理想形ならば、すべての人が、自己を語ることが、まずはじめに必要であると私は思います。言葉でいうのは簡単ですが、方法を考えるとなるとそう簡単ではありません。一人一人が言語・情報を使いこなす力をつけることに始まり、どのようなモデルの上で、どのくらいの距離を持って、各々が発言すればよいのかという語り方まで、今すぐには答えの出ない問題が山積みです。(むしろ、明確な答えが出ない問題といったほうが良いかもしれません。ただし、最善を尽くして、建設的な方向で考えていくことは、多かれ少なかれ、有益な何かを生み出すに違いはなく、その努力は怠ってはいけないとは思います。)

 本題は以上です。(ここからは脱線)

 ついに新学期が始まり、もう1年しかないというプレッシャーがのしかかってきました。教育実習のことよりも、そのことのほうが大きくてつい「日々研修」の姿勢を忘れそうになります。教育実習の間に単位に関わるような重要事項が出てたらどうしよう・・・先生と眼が合うとそんなことばかり考えてしまいます。一方、母校でもなければ公立校出身でもない私は、やはり研修先の学校では好ましくないようで、先生方の態度がとっても冷たく感じます。あまり評判のいい学校ではないこともあって、生徒とどのように授業を作っていけばいいかではなく、先生方とどう付き合ったらいいのかの方が気がかりです。今年度は、教育実習・卒業単位・今後の方向の3点で苦しむことになりそうです。
        菅井美里
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Letter 009 名前とは
2001年4月18日 17:15
菅井様
 冬は終わり、春爛漫です。私の身の回りでも、いくつかの変化がありました。職場の人事が大きく変わったこと、それに伴って私の仕事が変化したこと、次男が保育園に行きだしたことなどなど・・・。私も3月下旬にインフルエンザを患って、しばらく体調が悪く、まだ思わしくありません。一番のスランプは3月最下旬から4月の1週にかけて体調不良でした。風邪が直りきっておらず、不整脈が出て息苦しくなり、集中力がなくなってました。最近は、大分よくなり、子供がもらってきた風邪をまたひき、不整脈も出ていますが、集中力はもどってきました。
 久しぶりのメール、面白く拝見しました。
 「名前」は個々のすべてには付けられない。唯一の例外はヒトである。その例外はヒトが「語る権力」を有するからであるという内容でしょうか。
 確かにそういう面はあるかもしれません。しかし、もしかするとそれは知恵の体系(もしかすると文明?)をもったヒトが、自分たちの行為を揶揄するためにそのような論理を持ち出したのかもしれません。名前(分類名、抽象名詞)をつけるという行為自体の起こりが問題です。名前をつけるのは、本当に「語る権利」の行使のためでしょうか。
 この論理が正しいかどうかを証明する方法を思いつきました。文明を持たない原始のヒトが個々の名前をもっていたかどうかを調べること、あるいは動物の中で個々を区別する名称があるかどうかを調べればいいと思います。もし、あれば、「語る権力」を持つ以前から個々の名前をいう概念は存在することになります。なければ、「語る権利」の正当性がやや強くなります。
 もし原始のヒトや動物に個々の名前があれば面白いことになります。それは、個と個のかかわりが、ひとつひとつ区別された関係となっているということです。そのような関係は、草食動物を見ているとありえないと思います。例えば、自分たちを食べる肉食動物は敵、一緒に逃げる群れは仲間、育ててくれたのは親、というように、個々の関係ではなく、抽象可能な分類というような名前です。
 一方、社会性をもているサルや狼、犬なんかは、個体識別が非常に優れています。ある犬は、自分と他の個々の属性としての階級を記憶して、その階級に応じた対処しているわけです。個体識別をかなり細かくしています。サルや狼、犬に、名前にあたるものが発見されてないですが、あっても全然不思議ではありません。
 ヒトにおける個々の名前とはこんなレベルのことではないのでしょうか。ヒトは、ある個人の脳の中の記憶ではなく、別のヒトに伝えるために記録するという目的のために個々の名前が必要なのでしょうか。そしそうなら、文明という名のものとに名前が発生し、そしてヒトは動物から人になっていたのでしょうか。わかりません。
 私たちは、なぜ名前をつけ、用いるのでしょうか。不思議です。文明社会では、あると便利ですし、現在社会ではなければ、社会活動はできません。しかし、ニックネーム、ペンネーム、芸名、E-mail、ハンドルネームなどなど、親につけてもらった以外の名前を使っている人が多々います。そして、ある名前時と別の名前の時と全く別人格を繕うことも可能です。インターネットの発達していく時代においては、ハンドルネーム(インタネットやメール交換の時のニックネーム)を新たに創出することによって、好きなときに好きな自分を作ることができます。バーチャルの世界ではそれが可能です。そして、そんな別の自分が嫌になれば、その嫌な自分を抹殺して、新たな自分へと変身することが可能です。
 しかし、これもヒトなのでしょう。リアルの世界では、実在するか否かはわかりません。しかし、バーチャルの世界、デジタル空間ではそのヒトは存在しているのです。
 悩み多き人生です。それは、菅井さんだけではありません。私もそんな時期が何度かありました。その度に悩みました。ひどい時は、修士課程に入ったすぐで、とてつもない研究所で、朝から晩まで研究付けの毎日で、白髪が一気の増えました。ポストドクター時代は就職が未定だった時は、不眠症になりました。今も胃炎や不整脈で悩んでいます。現代日本でストレスのない人生は多分不可能でしょう。しかし、ヒトは経験によって、タフになっていきます。打たれて強くなるのです。波風のない平穏無事な人生は多分ありえません。あったとしても、つまらない人生ではないでしょうか。「悩み多き人生も善き哉」と開き直るくらいがいいのです。1年後にはそんな苦労も通り過ぎているはずです。そして10年後には、楽しいあるいはほろ苦い思い出といえるかもしれません。頑張って精一杯生きていきましょう。

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Letter 010 短くしようと思ったんですが・・
[Clubgeo 127]より転載
2001年4月20日 1:12
コンニチハ。
授業1週目を終えて明日から3連休の菅井です。
教育実習の日にちが決まりました。6月4日から14日までの2週間です。「本当に2週間でいいんですね!?」って教務課も言われたらしいですが、いろいろ説明したら決着ついたようです。良かった良かった。なので、富士山巡検、未定の予定どおり6月23・24日なら参加できます。
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4月21日(土曜日)に久しぶりに伺ってもいいですか?未消化仕事をお片づけに行きたいです。
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3月〜4月の長期無断休暇(?)の間にどういうことがあったのか、お仕事終わらせないで休んだのだからお伝えすべきかなあと思ってメール用に書いたのですが、送るのをやめようと決めました。理由は簡単、「会話にしたら何分ですかね?」です。(どこかで聞いたような・・・?)
ただ、ひとつだけ、お伝えします。いろんな所へ出かけました。
出先、特に旅先では必ずイイ人に逢ったりイイことがある・・・そんな思い込みが増幅するようなお出かけをしました。
「思い込み」を馬鹿にしてはいけませんよ。ほら、今私のメールを読んでいる方、あなたが私の思い込みをひとつ大きくしてくれているんですから。なんてね。
さいごに、前回の調査の感想。何日か前に書いたものをコピーします。(ちょいと長いかもしれない)
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 先日の南足柄方面地質調査の旅(?)面白かったです。
 最初に見た関係者以外立ち入り禁止の路頭では、「熱いのがやってくると石も焦げるんだなあ」なんて、きっとあたりまえのことなのでしょうが、まじまじと黒い帯を見つめてしまいました。
 石を小さくしようとハンマーで石と向き合いましたが、私が叩くと鈍い音がして、平田さんが叩くと「カーン」と抜けるような音がしました。平田さんを見て、「ハンマーの重みを利用するのかな?」と思って、もう一度叩いたら、割れないけれどさっきよりは高い音が出ました。でも数回叩いているうちに石の声が聞こえたような気がしました。「さっき、叩き方下手だったから痛かったんだよね」って。ギクッと思った瞬間、ハンマーがぶれました。(笑)すかさず小出さんから注意が飛んできて、またまたドキリとしました。気を付けます。
 夕日の滝のタマネギは、私が考えていたイメージとかなり違って面白かったです。地層の中にはめ込まれた渦というか、風とか波を版画あるいはステンドグラスで描くときの模様に似ているんですね。
 神縄断層のあまりにも美しい境目には見惚れてしまいます。今でも伊豆ブロックは、本州にくっついた丹沢をここで押し上げているんですね。新しいものが過去のものを、若い世代が前の世代の価値観を、歪めて、少しずつ別の形・世界を作っていくのかなあと思いました。
 用沢では、あからさまに見えている化石をはじめて見ました。
 そして、どこへいっても思ったのが、「水平(たまった状態)の地層がない」ということでした。でも、逆に考えると、掘ること無しにわれわれの目に層の断面が見えている時点で、その地層には何らかの力が加わっているってことなんでしょうか。
 無断休暇明けということもあって、朝から目覚め良好だったのですが、休暇中の心理状態がまだ残っていたらしく、言葉が上手くでてこないことが時々あって、始終ドキドキしていました。でも、帰るころにはかなり普通になっていました。
(平田さんには、行きはしゃべらないし帰りは寝てるしで、変な人だって思われたかしら?)
 また、桜・濃い色のスミレ・変わった黄色い花・新芽の輝く草木や蛙に逢えたのもうれしかったです。無条件に心が穏やかな感じになります。きれいな冷たい川の水も、春の喜びを歌っていました。
 前田君はこんないいところに住んでいたんですね。ちょっとだけうらやましくなりました。あ、気が付けば私も神奈川県民。遠いけれど、広い意味で地元じゃない?こうして少しずつ、日本とかアジアとか地球とか・・・身近に感じられるのかもしれませんね。
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 コピーの部分、やっぱり長いですね。でも、行って良かったなって思ったので、早く伝えようと考えたら、メールしかなかったんです。
では、夜も更けいったので、この辺で。
         菅井 美里

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