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Essay ★ 52 潮岬:不思議なマグマの並び
Letter★ 貫入岩・完成年度


橋杭岩のパノラマ写真。


潮岬と橋杭岩のランドサット衛星画像。


潮岬と橋杭岩の2万5000分の1地形図。


上と同じ範囲を10mメッシュ数値標高で示したもの。橋杭岩の地形がかろうじて見える。


上と同じ範囲を50mメッシュ数値標高で示したもの。橋杭岩の地形は見えない。


ランドサット画像の3D鳥瞰図。


上と同じ位置を50mメッシュ数値標高でCG合成したもの。


地上開度による地形解析の画像。


傾斜量による地形解析の画像。


地下開度による地形解析の画像。


潮岬は本州の最南端にあたります。


潮岬は玄武岩というマグマからできた岩石があります。


潮岬の玄武岩には淡い色の珪質のマグマの貫入岩があります。


橋杭岩の潮の引いた海岸には、波によってできた漣痕(れんこん)(リップルマークと呼ばれます)が残されていました。


橋杭岩の不思議な光景。


橋杭岩の不思議な光景。

(2009.04.15)
  南紀の最南端は潮岬です。潮岬の付け根の近くに、橋杭岩と呼ばれるマグマが織り成す、不思議な石の並びがあります。その石の並びは、点々と、しかし明瞭に帯状に続いていました。この石の並びこそが、日本列島の形成の歴史を象徴しているかのようでした。


Essay ★ 52 潮岬:不思議なマグマの並び

 春休みを利用して3月下旬に、南紀をめぐりました。南紀は桜の咲き始めのころでしたが、今年は、寒さが戻ってきていた時期でもありました。そんな日は、上着がないと寒くてたまらないほどでした。ただ、春の陽気が戻ってくると、暑いほどでした。
  潮岬を訪れたときは、春の日差しがあったのですが、風が強く、やや肌寒さを感じました。潮岬に来たのは、潮岬周辺の不思議な岩石を見るためでした。不思議な岩は、観光名所ともなっている橋杭岩(はしくいいわ)と呼ばれているところです。
  橋杭岩は、潮岬の付け根のやや東の海岸にあります。杭というには、大きすぎる岩の柱が、点々を直線的に800mほどの長さで並んでいるところです。柱は、二つとして同じものはなく、周囲には柱が崩れた岩も転がっています。一つ一つの柱には、名前がつけられています。
  訪れたときが幸い干潮の時間だったので、杭の周辺を歩くことができました。
  橋杭岩は、地層の割れ目の中に、マグマが入ってきて(貫入(かんにゅう)といいます)固まったものです。石英斑岩と呼ばれる流紋岩の仲間のマグマでできていて、大きな石英の結晶(班晶(はんしょう)と呼ばれます)がみえるのが特徴的です。
  周辺の地層は、長い時間とともに、海の波による侵食で削られ、貫入岩の部分だけが残ったものです。貫入岩は、もともと板状のものでしたが、侵食とともに、あちこち割れてくずれたところもあり、杭状になって残りました。
  このように橋杭岩のでき方はわかったとしても、点々林立しているマグマの列は、不思議な光景に映ります。
  潮岬は、近畿地方の最南端に当たります。そして本州最南端にも当たります。紀伊半島の地質の位置づけを、近畿地方の概略から見ていきます。すると不思議なものが見えてきます。
  近畿地方の地質を、北から南に見ていくと、中国帯、舞鶴帯(超丹波帯と呼ばれるものも含みます)、丹波帯、領家帯、和泉帯、(中央構造線)、三波川帯、秩父帯、四万十帯という名称がつけられ、区分されています。それぞれの帯の堆積岩の形成年代をみると、北(大陸側、内帯呼ばれる)ほど古く、南(海側、外帯と呼ばれる)に向かって新しい岩石からでてきていることがわかります。それぞれの帯の岩石の多くは、海洋プレートの沈み込みと関連した堆積岩類(付加体と呼ばれる)からでてきます。
  もともと日本列島は、ユーラシア大陸の縁にあり、大陸の一部で、列島とはなっていませんでした。新生代の中新世(1500万年前頃)になって、何らかの原因(よくわかっていません)によって、日本海が開きました。その結果、日本列島が大陸から分離しました。その後も、日本列島には、付加体が形成され続け、列島として独自の道を歩みつづけ、現在に至っています。その独自性は、付加体だけではありません。マグマにも重要な役割があります。
  日本列島は、つぎつぎと付加体がくっついて形成されてきました。そのような付加体を骨格とした堆積岩の中に、花崗岩類を中心とするマグマの活動が起こります。その活動の形式も、時代ごとにある決まった帯で、列をなして起こっています。
  新しい時代(現在も活動している)の火山活動も、日本海沿の山陰から丹後にかけての地域で起こっています。このような火山列は、現在のフィリピン海プレートの沈み込みに伴うもので、火山フロントと呼んでいます。日本海付近では、現在の火山フロントより古い、中新世の日本海の拡大に伴う火山活動(グリーンタフ変動と呼ばれています)が起こっています。このような日本海周辺域の一連の火山活動域は、山陰北陸区と呼ばれる火山区分がなされています。
  現在の火山フロント(山陰北陸区)より海側にあたる、瀬戸内海からその東延長の奈良盆地にかけても、火山活動も起こっています。瀬戸内区という区分がされています。
  瀬戸内区では、中新世の中ごろに、安山岩から流紋岩のマグマが主に活動しています。そのマグマの中には、マグネシウムの多い安山岩質ものもあります。一般の安山岩は、マグネシウムは多くはありません。また、他のマグマ(玄武岩マグマ)から変化したもの(結晶分化作用と呼ばれる)や、2種類のマグマが混じってできたもの(マグマ・ミキシングと呼ばれる)が、主な起源だと考えられています。しかし、マグネシウムの多い安山岩は、マントルを構成する岩石が解けてマグマができ、そのまま噴出してきたと考えられています。このような変わった安山岩が、瀬戸内区の特徴となっています。
  紀伊半島は、日本列島でもっとも海側(地質学では外帯と呼んでいます)に位置します。南紀の堆積岩は、紀伊半島の南端にありますから、一番新しい付加体からできていることになります。四万十帯にあたり、海では現在も付加作用が続いています。
  その付加体の中に、中新世の花崗岩のマグマが貫入しています。このような花崗岩類は、大峯酸性岩類や熊野酸性岩類などとよばれています。同様の花崗岩は、太平洋側の四国や九州にも点々とですが、帯をなして分布しています。
  さらに南の海の面した潮岬に、マグマの活動がやはり中新世に起こっています。この火山活動は、流紋岩のマグマの仲間だけでなく、玄武岩のマグマも活動しています。海側の酸性岩類と火山岩類のマグマ活動をまとめて、南海区と区分しています。
  潮岬の火山岩類の時代は、酸性岩類よりやや古い時代です。潮岬と同じような玄武岩を伴うようなマグマの活動は、四国の室戸岬、足摺岬、種子島へと、点々と、まさに橋杭岩のように続きます。
  このように日本列島では、帯状の地質が特徴となっています。それは、付加体だけでなく、火山活動にもみられる特徴です。ただし、時期は、付加体のように古いものから新しいものと並ぶことはなく、多少前後しますが主に中新世とに起こった活動と、現在の火山活動の二つに分けられます。中新世のマグマの活動は、日本海の拡大に伴う活動だと考えられますが、その実態は、まだ解明されていません。
  太平洋岸の岬に不思議な岩の連なりを見ました。潮の引いた橋杭岩を見たのですが、平らに床に建てられた、まさに柱のような異様な形状の岩石群でした。その柱の連なりは、もし現在の日本列島から堆積岩を取り去ったとしたら、こんな姿になるのではと思わせる大地の歴史を象徴するかのようでした。


Letter★ 貫入岩・完成年度

・貫入岩・
潮岬を車で一周しました。
潮岬は、切り立った断崖に囲まれています。
太平洋に突き出した展望台からみた海は、
地球の丸さを感じさせるほどの広がりがありました。
時間がなく、海岸に下りることはしなかったので、
展望台から石を眺めるだけになりました。
そんな眺めからでも、玄武岩の中に、
淡い色の貫入岩をはっきりと見ることができました。
しかし、貫入岩をみるならやはり橋杭岩でしょう。
ただ、貫入しれている周りの岩石が侵食でなくなっているので、
貫入岩らしくないのですが。

・完成年度・
大学は、新入生を向かえ、新学期がスタートしました。
私の所属する学科は、4年前に発足したばかりのなので、
今年やっと全学年の学生がそろいました。
完成年度となります。
就職活動をする学生、
教育実習や教員採用試験に臨む学生の対応する一方、
新入生の初々しさにも出会えます。
いろいろな学生がいるので、
気の抜く余裕がなく大変なのですが、
それなりに楽しさもあります。


「この地図の作成に当たっては、
国土地理院長の承認を得て、同院発行の
2万5千分の1地形図を使用したものである。
(承認番号 平18総使、第294-12号)」

解析データは
北海道地図株式会社作成の
高分解能デジタル標高データを使用した。

地図、Landsatの画像合成には
杉本智彦氏によるKashmirを使用した。


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