地球と人と
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Essay■ 6_131 2015年を振り返る:iMuSCs
Letter■ 人がなすもの・よいお年を
Words ■ いろいろあった1年でした


(2015.12.31)
 今年もいろいろな科学的な成果がありました。一方、反省すべきこともありました。私たちはまだまだ学びつづける必要があるようです。科学は人がなすものであるが故に、完全ではないからでしょう。


Essay■ 6_131 2015年を振り返る:iMuSCs

 年末になると、一年を振り返ることが多くなります。しかし、今年起こったことを思い出すのがなかなか難しいものです。それでも、ケプラー衛星の新しい惑星の発見、ニューホライズンズの冥王星接近、ニュートリノの質量発見で梶田隆章さんがノーベル賞受賞、史上最大のエルニーニョなどが、記憶に残っています。また、地質の分野では、阿蘇山の噴火、箱根火山の活発化、そしてアポイの世界ジオパーク認定などが残っています。人によって思い出すニュースは違っているでしょう。ここで上げたものは、私の興味があるので記憶されているのでしょう。
 さて、昨年もエッセイの最後の回で、1年を振り返りました。そのときは、STAP細胞を話題に取り上げました。STAP細胞は、1月には理研の検証実験でも再現できないとの報道がなされました。また、捏造論文の舞台の1つが、科学界では権威のある雑誌「Nature」でしたが、そこに理研のチームがSTAP細胞は存在せず、残された細胞はES細胞に由来すると報告しました。この最終的な結論は、Nature誌電子版に9月24日付で掲載されました。
 ところが、思わぬ報告が、Nature社のScientific Reportsという雑誌に11月27日付で出されました。それは、
”Characterization of an Injury Induced Population of Muscle-Derived Stem Cell-Like Cells”
(傷害誘導性筋肉由来幹細胞様細胞の特徴)
というタイトルの論文でした。
 傷害誘導性筋肉由来幹細胞様細胞は、iMuSCsと略されています。この細胞の意味は、次のようなものです。筋肉を構成していた体細胞が、損傷するような強い刺激を受けとき、初期化された細胞に似たものができた、という内容の論文です。幹細胞とは、自己複製機能を持ち、いくらでも分裂、増殖していける細胞のことです。
 この報告は、二重の意味で注意が必要です。
 ひとつ目は、まだ結果が完全に検証されていないものだということです。幹細胞「様」細胞となっているのは、幹細胞とは確定できてはいない、という意味合いがあります。また、Scientific Reportsは、Nature社が発行している電子版雑誌ですが、完全な検証や精密な査読を受けた報告ではない点です。技術的には問題がないかという基準でのみ、1名の査読者によって判断されたものが掲載されます。短時間で、審査されて成果を公表できるという利点をもった報告の場を提供するためのものです。ですから、科学的に、再現性や論証過程に問題や不備がないかなど、十分な検査は受けていない、という不確かさが伴うことを理解しておくべきでしょう。
 ふたつ目は、細胞の初期化と、STAP細胞のような万能性とは違うということです。幹細胞は、どんな細胞にもなれる万能性(STAP細胞、多能性)を持つものだけでなく、他にもいくつかの種類があります。幹細胞には、全てではないがいくつかの限られた種類の細胞になれるもの(多分化能)、あるいは一種類だが他の幹細胞でない普通の細胞になるもの、幹細胞に分裂できるが一種だけになれるもの(単分化能)、などもが含まれています。この幹細胞「様」細胞が、どれに当たるかは、まだよくわかっていません。
 これらが検証され、再現され、査読も通ったら、この現象は科学的に重要な発見となるでしょう。しかし、私たち、いや科学は慎重であるべきです。科学とは、だれもが納得するまで検証すべきです。
 自然科学の結果は、数学や論理学のように一度証明されたものは完全に正しいもの、というわけではなく、あくまでも現状でもっともよい仮説と考えるべきです。一方、医学は応用性が重視されます。再現性が確認され、効果があるものなら、原因や論理が不確かでも利用できます。自然科学と論理科学、応用科学との違いは意識しておくべきでしょう。
 STAP細胞は、科学の条件や手順を満たしていませんでした。iPS細胞は再現性が保証されていました。たとえ不確かな部分があったとししても、iPS細胞には応用性、実用性が生まれます。
 昨年最後に取り上げたSTAP細胞のエッセイ以来、この一年間いろいろテーマでエッセイを書いてきました。そして今年最後のエッセイが、iMuSCsという細胞の話で終わることになりました。でも、科学の再現性、信頼性を考えるためにはいい機会となりました。


Letter■ 人がなすもの・よいお年を 

・人がなすもの・
科学の信頼性は、人の感情が入ることなく、
客観性に基づき生み出されるものです。
しかし、信頼性の背景には、
研究者の人となりやその技術に関する
「信頼」が加わっているように思います。
後者の「信頼」は、感情に左右されるものでしょう。
科学とは冷徹なところもある反面
人が行うものなので、そこには感情も生まれます。
これは仕方がないことでもあります。

・よいお年を・
エッセイでも書きましたが、
史上最大のエルニーニョが
現在、起こっているそうです。
日本では暖冬になる可能性がいわれているのですが、
雨が降る暖かい日があったかと思うと、
吹雪いて寒い日もきます。
気象の予報は難しいものです。
実学で、実害の起こるような科学の分野では
いろいろな難しい問題をはらんでいます。
来年は皆様にとって、
穏やかな一年でありますようにお祈りしています。
よいお年をお迎えください。


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