地球と人と
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Essay■ 6_120 日本珍菌賞 2:謎が解けた菌
Letter■ さらなる珍菌・同僚
Words ■ 努力は時に素晴らしい謎を解き明かすのだ


(2014.02.06)
 日本珍菌賞について紹介しています。一位に輝いたのは、謎に満ちた菌の謎を解明したものでした。その解明された謎は、自然の不思議に満ちたものでした。その謎を解いた研究者は、熱心で真面目な人でした。


Essay■ 6_120 日本珍菌賞 2:謎が解けた菌

 日本珍菌賞の選考は、現代的にTwitterを使っておこなわれました。学術雑誌や学会報告された菌に限定して、2013年4月から5月にかけて、Twitterで候補を募りました。期間中に、約100アカウントから300以上のツイートが寄せられました。そこから、34種の候補が選ばれ、順位がつけられました。
 栄えある一位を受賞したのは、「Aenigmatomyces」という菌で筑波大学の出川洋介さんが発見されたものです。菌の珍しさもさることながら、その菌の生態を明らかにする努力と、解き明かされた不思議さも受賞に値するものでした。
 Aenigmato(エニグマト)は「謎(に満ちた)」という意味で、myces(マイセスあるいはミケスとも読みます)は「菌」という意味になります。Aenigmatomycesとは、「謎の菌」という学名を持つ菌なのです。このような学名がつけられたのは、実態がよくわかっていないためでした。
 出川さんは、エニグマトミケスを発見しただけでなく、その生態も解明しました。その生態が非常に不思議なもので、日本珍菌賞に値するものでしょう。
 出川さんが、神奈川県立生命の星・地球博物館の学芸員だったときに、発見しています。1999年の夏、箱根で観察会があった時、森から持って帰った土を培養しました。土のまま培養して、そこからどのような菌が出てくるかを調べていきます。一ヶ月ほどすると、見慣れない菌が発生しているのに、出川さんは気づかれました。かすかな記憶を頼りに論文を探り、それがエニグマトミケスではないかと考えられました。
 エニグマトミケスは、1993年にカナダのオンタリオ州の森で二度だけ見つかっています。ただ、正体が不明だったので、そのままの学名をつけられていたのでした。カナダから記載された標本(タイプ標本といいます)を取り寄せて照合したところ、同じものであることが判明しました。
 出川さんは、この菌を調べ続けました。出てきた菌を、顕微鏡で詳しくみると、精包に寄生していることがわかりました。精包は、トビムシなどの土壌動物が作る構造です。原始的な節足動物であるトビムシは、オスの精子をゼリーでくるみ、枯れ葉の上に柄をつけて立てたものをつくります。これを、精包と呼びます。オスが立てた精包を、そこの通りかかったメスが見つけて体に取り込んで受精します。このように交尾をしない繁殖方法は、間接受精と呼ばれています。
 幸運なことに、培養した土の中に、アヤトビムシ科の一種がいました。ですから、トビムシの精包に寄生する菌である可能性が高くなりました。それを確かめるために、野外でトビムシがたくさん生息している土壌を選んで持ち帰り、培養しました。すると、箱根以外にも入生田、丹沢、鎌倉など神奈川県の各地の土壌から、さらに関西地方の土壌からもエニグマトミケスを見つけることができました。ここまで調べて、やっとエニグマトミケスの「謎」が解けたのです。
 トビムシの生態も奇妙ですが、利用されなかった精包に寄生して、栄養としながら繁殖するのが、エニグマトミケスです。確かに、この奇妙さは、日本珍菌賞に値するものでしょう。
 もっとも不思議なのは、このような生態を調べ上げた出川さんではないでしょうか。ただし彼にとっては、特別なことではなく、ただただ好奇心に燃えて、知らないことを解き明かすということだったのでしょう。その熱意こそが一番の推進剤だったはずです。もちろん、並大抵の努力ではできないでしょう。出川さんが、非常に真面目で、研究熱心な人だったからこそ、このような奇妙な菌の生活史を探り当てることができたのでしょう。
 出川さんは、日本珍菌賞の授賞式で、「珍しいとされる珍菌はちゃんと探せば、実はどこにでもいる。珍菌を珍菌でなくするために研究をしている」とコメントされたそうです。素晴らしい姿勢だと思います。


Letter■ 大雪・雪まつり 

・さらなる珍菌・
世界には150万種の菌類がいると推定されています。
記載され学名あるのは10万種ほどです。
日本で見つかっているのは、そのうち1万5000種ほどです。
総数は不確かだだとしても、
多数の菌類が、まだ誰にも知られず、
多様な生活を送っているはずです。
エニグマトミケスよりもっと不思議な菌類も
いっぱいいるでしょう。
そんな不思議さを、もっと伝えて欲しいものです。
2位以下の受賞をした菌も
http://www.huffingtonpost.jp/takashi-shirouzu/-_11_b_3432753.html
に紹介されています。
少々刺激的なものもありますが、
興味のある方は、どうぞ覗いてみてください。

・同僚・
出川さんがいた博物館に私もいました。
ですから、出川さんをよく知っています。
非常に真面目で、研究熱心な人でした。
その後、2009年からは筑波大学の施設で菅平にある
菅平高原実験センターに転出されました。
きっと、人里離れた森の実験センターは
出川さんにとっては、天国のようなところでしょう。
つぎつぎと成果も出されていることだと思います。
さらなる珍菌の発見があるかもしませんね。


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