地球の調べ方
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Essay ■ 5_41 時代境界3:大絶滅
Letter■ 自然の複雑さ・いよいよ4月
Words ■ 春まだ浅き北国でも入学式


(2005年4月7日)
 連続して時代境界について考えています。今回は、その最後として、大絶滅について考えていきます。


■ Essay 5_41 時代境界3:大絶滅

 現在の地質学は、他の自然科学と同様に、証拠主義です。証拠のない説は、仮の説「仮説」に過ぎず、科学的には完全に認知されません。逆にどんな常識はずれの理論や法則であっても、証拠があれば、理論として成立します。その証拠を説明する他にも理論があるでしょうから、他の理論との競争に勝てば、その理論は普及し、常識となっていくでしょう。
 このような転換は、科学の歴史においていくつかありました。コペルニクスの地動説、アインシュタインの相対性理論、量子力学、プレートテクトニクスなど、従来の常識を覆すものが、いくつか出てきました。そして、それらの非常識な理論は、今や常識となったのです。
 このように「証拠」と「理論」がそろっていれば、科学として認知しやすいのですが、そうではないものも科学にはたくさんあります。たとえば、証拠があるのに、因果関係、規則や論理がよくわからないものもあります。そのような例としてあげられるのが、大絶滅と時代境界ではないでしょうか。
 ある生物種やある地域の生物群が絶滅したということが化石からわかったとしましょう。その場合、ある生物種が絶滅したということは、化石による事実が「証拠」となります。そして絶滅の原因は何かを明らかにすることが「理論」となります。
 その生物が絶滅した原因としては、生存競争、環境変化、病気などいろいろなものが考えられます。ある地域の生物群の絶滅の原因としては、環境変化などが考えられます。もし、その原因として何らかの証拠が地層中から見つかれば、「理論」として原因がわかり、完結します。
 絶滅が全地球的で多様な種に及ぶとき、その原因を考える場合も同じように考えなければなりません。しかし、大絶滅となると、なかなか一筋縄でいかないのが、実態です。それは、証拠が多すぎるためです。
 大絶滅とは、多種多様の生物種が絶滅することです。それが化石で確認されているわけです。そして、それらのうち一部が何故か生き延びて、今日の多様な生物種を構成しています。それらをすべて説明しなければならないのです。
 大絶滅の原因が地球全体の環境変化だとしたら、広い地球ですから、どこかに逃げ延びられる環境が存在するでしょうし、現に一部の生物が生き延びています。そのようなシェルターのような環境、あるいは生き延びるすべも考慮に入れなければなりません。そうなると、いろいろな説が出てきて、どの説もある証拠は説明できるが、他の証拠は説明できないというジレンマになってきます。
 このような中で、白亜紀の第三紀の境界(K-T境界と呼ばれます)の大絶滅だけは、理論として広く認知されています。隕石の衝突によってK-T境界の大絶滅がおこったということは、地質学者だけでのなく、多くの人も知っていると思います。隕石衝突を多くの地質学者が信じているのは、もちろん隕石衝突を示す証拠が多数見つかっているからです。他にも隕石衝突という突発事件に呼応した化石の証拠も見つかっています。
 隕石衝突説は有力です。しかし、K-T境界の大絶滅のすべての証拠を、隕石衝突説で説明しているかというと、必ずしもそうではありません。
 なぜ、爬虫類を中心とした陸上生物だけでなく海洋の生物の多数絶滅したのに、ある種の海洋生物が生き延びたのか、鳥類、哺乳類、一部の爬虫類、被子植物などの陸上生物が生き延びたのか、総合的な説明はなされていません。
 これほど有力な大絶滅ですらこの状態ですから、他の大絶滅については、いろいろな説があり、どれも一長一短を持っています。
 時代境界も、化石の証拠だけでなく、地層の岩石種の変化、積み重なり方の変化という証拠から、時代境界が設定されます。その変化が何によるものかはわからなくても、時代境界は決めることができます。証拠をもとに時代境界が決められますが、その境界がなぜできたのかは、十分解明されてないことがあます。つまり、理論がない仮説だけの状態です。
 時代境界は、まず証拠ありき、の状態で学問が進んでいます。そして、その時代境界に何が起こったのかは、現在、少しずつ解明されています。それらの謎が解明されれば、大絶滅の謎も解けるかもしれません。しかし、全貌の解明には、まだまだ時間は必要なようです。


■ Letter to Reader 自然の複雑さ・いよいよ4月

・自然の複雑さ・
Tomさんの質問に答えなが、この3回のエッセイをまとめました。
なかなか難しい問題であることが、自分自身で確認できました。
時代境界とは、時間の区切りを、
地層という物質でつけようとしています。
そこに化石という生物由来のものを持ち込んでいます。
このように尺度、あるいは次元の違うものが入り組んでいるので
時代境界というものが煩雑になっているのでしょう。
しかし、それが自然の複雑さを反映しているのかもしれません。
もし簡単にわかれば、自然は薄っぺらなものになってしまうかもしれませんね。
まだまだ埋もれている化石はたくさんあり、
恐竜の新しい化石が新聞記事として目にとまります。
これでなくては、面白くありません。
地球は科学者だけでなく、多くの人にも
まだまだ神秘を残しているくれているのでしょう。

・いよいよ4月・
春休みも終わり、4月になりました。
本州では桜の季節でしょうか。
北海道は雪解け中で、桜はまだ先です。
しかし、学校は新入生を迎えて、
あわただしくなってきました。
受け入れる側は、心引き締まる思いをして迎えています。
そんなあわただしさの中で、このエッセイを書きました。


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