地球地学紀行

表紙に戻る


Essay■ 4_141 山陰の旅 5:城崎裁判
Letter■ 城崎文芸館・本と温泉
Words ■ 温泉を文学で楽しむ


(2017.06.08)
 今回、城崎を訪れた目的は、地質とは全く関係がありませんでした。実はは、私が興味をもっている作家の作品が、この地にありました。いつもの地質の旅とは違ったエッセイとなりますが、一興となれば。

Essay■ 4_141 山陰の旅 5:城崎裁判

 城崎は、兵庫県豊岡市にあり、平安時代から知られている有名な温泉です。日本海に流れ込む円山川の支流、大谿川(おおたにがわ)沿いに温泉街ができています。風情のある橋が渡された大谿川の両側には柳などの並木があり、そこに落ち着いた温泉街ができています。狭い地域ですが、昔懐かしい建物から、現在風のものまで、新旧の混在した町並みになっており、日常とは違った情緒を生み出しています。そんな城崎に少し立ち寄りました。
 城崎には、以前にも来たことがあるのですが、温泉には入りませんでした。今回、城崎に来たのは、別の目的地(玄武洞)に向かう途中の通り道で、地質を見るためでもありません。そして温泉に入るためでもありませんでした。まったくの趣味のためでした。
 城崎は、京都から程遠くからず、かといって都の風はないところなのでしょうか、古くから文人墨客も多く訪れるところでした。有名なところでは、志賀直哉の「城の崎にて」があるでしょうか。志賀は、山手線の電車にはね飛ばされ、そのときに負った傷の療養のため、1913年に城崎温泉に滞在しました。その体験をもとにして、一匹の蜂の死骸や、首に串が刺さった鼠、驚かすつもりで投げた石がイモリを死なせてしまったり、生と死が溢れた作品になっています。
 私が以前来たのは、志賀の小説の舞台になっていたので、どんなところかを見たかったためでした。その時も別の地質調査地に向かう途中に寄ったものでした。
 今回、城崎に来たのは、別の小説のためでした。私が好きな作家に、万城目 学(まきめ まなぶ)氏がいます。寡作の作家なのですが、小説はおもしろいものが多く、作品が出れば読んでいました。万城目氏の本を城崎にて、入手することが目的でした。
 万城目氏に温泉街を舞台とする小説書いてもらう依頼をしました。万城目氏は、志賀から100年目の2013年の冬と2014年の初夏、2回に渡って城崎に滞在して、出来上がった作品が「城崎裁判」でした。
 この小説には、いくつか面白い工夫がなされています。これは短編の薄い本ですが、作りが凝っています。ブックカバーがタオルでできています。そのため私は最初本とは思えませんでした。本体は水に濡れても大丈夫なストーンペーパーからできています。温泉に入って読んでくださいとばかりの工夫です。さらにこの本は、城崎でしか販売していないのです。城崎に来なければ入手できません。私は本が欲しいので、城崎に来たのです。おもしろい工夫に、やられてしまった一人となりました。
 この「城崎裁判」は、志賀の「城の崎にて」を前提とした作品です。幻想と現実の狭間の奇譚で、万城目ワールドになっています。内容は買った人だけの楽しみとしましょう。もし、城崎にお立ち寄り際は、温泉と一緒にこの小説も一緒に楽しむ手もあります。


Letter to Reader■ 城崎文芸館・本と温泉

・城崎文芸館・
私が「城崎裁判」を購入したのは、城崎文芸館でした。
温泉街から少し奥まったところにあるのですが、
近代的ですが、風情がある建物でした。
ここに来たのは、「万城目学と城崎温泉」という
企画展がなされているので、
それを見学することも目的でした。
万城目氏のプライベートは
なかなか知ることができないのですが
一部公開されていました。

・本と温泉・
志賀直哉が城崎にきたのは1913年で
2013年が来湯100年になります。
それを契機に、城崎温泉旅館経営研究会が
「本と温泉」という出版レーベルを設立しました。
第一弾が「城の崎にて」とその詳細な「注釈・城の崎にて」
の豆本が2箱入りになった本の出版でした。
第二弾が今回紹介した「城崎裁判」でした。
実は第三弾がすでに出ていて、
湊かなえ「城崎へかえる」というものです。
カニの殻のような素材の箱に、
カニの身をぬくように本が出てきます。
なかなかおもしろい工夫がされています。
私は、第一弾と第二弾を購入して帰りました。