地球地学紀行
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4_18 霧に霞む境界:カナダ2

(2002年8月15日)
 今回のニューファンドランド訪問の一番の目的は、先カンブリア紀−カンブリア紀の地層境界(以下V-C境界と呼びます)を見ることでした。ここ何年か、私は、V-Cの境界の地層を見ています。では、現場で書いた文章を紹介しましょう。

・境界にて(ライブ)・
 このエッセイを、目的の露頭の前で書いています。寒いし、車の中ででも書けばいいのでしょうが、あえて、現場で書いています。
 昨日に続いて、今日も、このV-C境界の露頭の前にきました。今日も霧がかかって、灯台では、灯台守のおじさんが、霧笛を鳴らしています。昨日よりは、風が弱く、過ごしやすくなっています。
 その露頭の下に、崖にへばりつくようにして草が、3本、生えてのを、昨日、来たときには気づきませんでした。取り憑かれたように石を見ているときは、それ以外のものが目に入らないのです。こんなことでいいのでしょうか。もっと、広い視野、視点、観点、そう、パースペクティブを持たなくてはいけないのでは、と思ってしまいます。
 そこは、なんの変哲もない、いや、かつてはごみ捨て場の脇の汚い海岸の崖です。そこが、世界で、V-C境界の模式地(もしきち)とされているところなのです。模式地というのは、世界で、もっともその地層および地層境界がよく観察できる、典型的な地点だということです。英語では、stratotypeと呼んでいます。
 V-C境界は、かつては、あまりいい露頭がありませんでした。しかし、近年になって、中国の澄江(ちぇんじゃん)や、ロシアのウラル地域、グリーンランドなど、世界各地で、V-C境界の典型的な地層が発見されました。カナダのニューファンドランドのフォーチュン・ヘッド、この地もそうでした。
 模式地となるためには、まず、地層が、時間的にも空間的にも途切れることなく、連続的に出ていなければなりません。そして、その時代を決定づけるような化石をたくさん含んでいなければなりません。さらに、そのようなことを決定付けるためには、地質学者が、その地できっちりとした研究がされていなければなりません。
 いまや、ニューファンドランドが、V-C境界の模式地となっています。それは、もちろんきっちりした研究がなされています。ナルボーンほか(G. M. Narbonne et al., 1987; 発音は不確かです)の論文が、その役割を果たしました。
 フォーチュン・ヘッドは、アプローチのしやすさもあるのですが、地層が海岸線沿いで、非常にわかりやすく整然とみることができます。車できて、海岸に降りれば、すぐその露頭の前にたつことができます。
 ここの境界は、非常に地質学的には大きな境界です。しかし、地質学的時間は、断絶することかなく、継続しています。地層としても、V-C境界の下の地層は、やや緑色を帯びた灰色のシルト岩かあるいは頁岩とよばれる(砂岩より粒の細かい堆積岩)からできています。そしてV-C境界の上の地層は、やや白っぽい砂岩です。
 この砂岩より上からは、カンブリア紀の化石がではじめます。地層の堆積環境として連続しています。
 つまり、一般の地層区分では、岩相(岩石の種類)境界とはしないような境界なのです。
 でも、時代区分がおこなわれています。それも、地質学では第一級の境界です。V-C境界は、物質や時間境界があるわけではなく、古生物によって決定された、人為的境界な、時代境界なのです。地質境界とは、物質境界、時間境界、境界がなくても、人為的な時代境界を引いたものあります。それは、時と場合によって、どれかを重視して境界がひかれます。つまりは、すべては人為的、恣意的なのです。このような地質境界とは、地質学的には意味があるんですが、はたして、境界として普遍的意味があるのか疑問です。
・解説・
 以上、V-C境界にて、書いたものです。補足しておきましょう。
 V-C境界は、チャペル・アイランド層の中にあります。チャペル・アイランド層は、5つに細分(member、部層)されています。V-C境界は、Member2の下の方(全厚さは430mあり、その下から2.4mのところ)にあります。
 先カンブリア紀の地層では、化石はまれですが、灰色から黒の部分からいくつか特徴的な化石や印象化石がみつかっています。それには、微貝化石(small shelly fossil)とよばれる化石も見つかっています。このような時代を示す化石の証拠から、この地層は、先カンブリア紀の最末期の時代のものだとされています。
 V-C境界の地層は、中粒砂岩で、その少し上には、塊状のシルト岩があり目立ちます。でも、その砂岩だけが、地層の違い、そして特徴となっています。その境界より上からは、カンブリア紀の化石が見つかりました。化石の証拠がなければ、ここにV-C境界あるなどと、誰にもわかりません。それは、野外で肉眼で見られる数cmほどの大きさの化石です。
 先カンブリア紀の地層は、潮汐の影響をうける場所でたまりました。カンブリア紀になると、川や氾濫原、扇状地でたまった地層になります。
 中国北京周辺でみたV-C境界付近の地層も、やはり海岸から河川の氾濫原付近の地層でした。なにか類似性があります。